こんにちは。
訪問下さり、ありがとうございます。^_^


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今日は、自分自身の体験と
講師やカウンセリングをさせて頂いて感じたことから
「氣づき」と「癒し」の関係性について
私なりに考察したことを書きますね。


人生のなかで起こる出来事に対して、
自分の問題や課題として「氣づき」を
私も受け取ることがあります。



今まで繰り返し起こっていた出来事の根本となる
「氣づき」をえたとき、
大きな凝り固まっていたものが
1度に解放されて、深い「癒し」が訪れ、
繰り返し起こっていた出来事が
パタっと起こらなくなります。



ご感想を頂いたこの方も、問題や課題の根本となる「氣づき」があり、
深い「癒し」と共に、繰り返し起こっていた出来事が終わりました。



じゃ、「氣づき」があればいいのね、
と、簡単にはいかないようです。


根本の「氣づき」が訪れるためには、
自分自身が「氣づき」を受け入れる準備が必要です。


つまり、氣づくために「癒し」が必要なんですね。


何度も、問題や課題を乗り越えようと、
「氣づき」をえようとしても、
自分自身の準備が整っていないと、
「氣づき」は訪れません。


自分が氣づくのに充分な「癒し」で満たされた時に、
自分自身を内観すると(思考と感覚で、問題や課題を自分のものとして振り返ると)
深い癒しと共に「氣づき」が訪れます。


問題や課題は、「癒し」だけでは
ある一定期間は楽になりますが、
また出来事は繰り返し起こります。
「氣づく」ために、出来事が繰り返されるのです。



「癒し」だけでも、「氣づき」は訪れないんですよね。。。
その間に、架け橋となる『内観(思考と感覚で、問題や課題を自分のものとして振り返ること)』が、必要です。



「氣づき」と「癒し」は不思議な相互の関係で、
いかに「氣づき」をえて生きるかは
とても大切だなぁ、と感じています。 ^_^



そして「癒し」と「氣づき」は、
玉ねぎの皮をむくように、
螺旋階段を登るように
進んでいくんだなぁと、感じています。