変なマイクを収集するのが趣味です。変なマイクといっても漠然としていますけれど、何でも良いわけではありません。安物のカラオケ用マイクなどは対象外です。だいぶ長いこと音響業界に生息していますから、定番と言われるマイク、例えばノイマンU87ai、ゼンハイザーMKH-416P48、シュアーSM58/57、AKG 414EB/451EB等々は仕事先にあって使ったことがあり、なぜその機種が定番なのかはおおむね理解しています。音質の良さや出音の説得力もさることながら、失敗できない録音をしなければならないエンジニアにとっては信頼性と汎用性(適応できる録音範囲の広さ)が重要な要素で、定番品はそれらを兼ね備えています。

では、定番ではないマイクは本当に使い物にならないのか?多くの製品でそんなことはありません。あまりに定番がもてはやされるせいで、定番以外のマイクを見たことも使ったこともないエンジニアもいます。仕事先ではなかなか見ないマイクの音を聞いてみたい。私が欲しい「変なマイク」は、定番品の影に隠れた同等品や、音響メーカーとしてそれなりに実力がある会社が作ったこだわりの製品っぽいもの、日本では人気が無いが海外ではそこそこ人気があるやつ等で、屋外同録やスタジオ内でのセリフ、効果音、楽器の録音に使えるマイクになります。実際、変なマイクと言ってしまうのは作った人々に対してかなり失礼な言動ですが、ここでは愛着を込めてそう呼びます。非定番品は定番品に比べると意外と安価で入手できるのも楽しい。

と、これだけ序文で変なマイク趣味を持ち上げておきながら、この後に続くのは現代としては実用性の薄いジャンクなマイクばっかり。仕事ではやはり定番品を使ってしまうな〜(ぉぃ)

■Primo EMU4545+EM70
1970年代の生録ブームの頃のマイクのようです。以前修理したEMU4740よりグレードが落ちるマイクらしく民生機かSONY ECM-MS957と同じくプロシューマー機にあたるものと思われます。Primoのペンシル型マイクに共通した構造で電池を入れる部分を境に2分割になっていてカプセル部と本体(出力部)が分離できます。


ネットで検索してみるとEMU4545自体は普通のカーディオイドのECMマイクで、よくあるハンドマイク状の製品写真が出てきましたが、私が入手したものは音響管搭載でスーパーカーディオイド仕様としたEM70という別売りのカプセルを装着したものでした。ガンマイクは仕事の道具で多数所持しており今更これを買ったところで使い道は確実に無いものの、EMU4740が指向性が甘くていまいちガンマイクっぽくないマイクだったので、これはどうなんだろう?という純粋な興味から購入(お値段は1,600円也)。まさにジャンク。

EMU4740は肉厚な金属製筐体でガンマイクとしては使いにくい重さでしたが、EMU4545+EM70は薄いアルミパイプで出来ていて軽量です。中にガムテープでぐるぐる巻きになった電池が入っていました。ガムテープも電池も新しく最近まで使った形跡があります。


テープが巻かれているのはパイプ内径より電池が細くて中でカタカタと動いてしまうの防止のようです(本来はゴム製の電池アダプターがあったはず)。この分割部分は電池のプラス側電極を除いてリード線等による配線が無く、胴のパイプそのものがマイナス側の配線を担っています。EMU4740はカプセル側が電池のマイナス側電極でしたので逆です。


本体から直接引き出されていたケーブルは関西通信電線のMVVSでした。MVVSはバランス出力用のカッド撚り4芯ケーブルですが、先端がカナレの2極ミニプラグになっていてアンバラ出力です。どちらも1970年代のものには見えないので、前の持ち主により改造されているようです。


電池を入れてレコーダーにつないでみると、たまに音が出ますが接触不良が酷くて安定しません。本体側を開けてみました。


可読性が悪いのでケーブルを取り外して過剰な半田やヤニを取り除き、清掃します。ランドが剥げている所があります。本体側の部品点数は少なく、EMU4740ではトランスがシールドされた筒の中に入っていましたがこちらは剥き出し。基板にはEMU4516の表示があります。



PrimoのEM50(カプセル)のPDF資料にEMU4520の回路図があって、回路としてはほぼこれと同じです。電池から右側の部分になります。

(引用元)
http://www.pstone.co.jp/ecm-specs.html

VOICE/MUSICの切り替え(VOICEの時にHPFを通る)が追加されている所と、電源の電池の電圧が違います。基板にはトランスの出力側にH/Lの記載がありますが、マイク本体に10K/600Ωという刻印があるのでH=10kΩ、L=600Ωのことだと思われます。


過去にこのマイクを48Vファンタム電源対応に改造した方がいらっしゃって記事中に回路図を残して下さっていました(ありがたい!)。

(引用元)
音楽備忘録170 エレクトレットコンデンサMicの爆音対応魔改造⑨(スゴーッ!のブログ)
http://studio-red-5.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-5ab092.html

しかし私の手元にある実機を眺めてみるとこの回路図とは違う箇所があります。電解コンデンサーは47uF/10Vで合っていますが抵抗値が15kΩと2.2kΩではなく12kΩと1.2kΩで、653ではなく104の積セラです。積セラは時代が下った部品ですし、はんだ付けの形跡も多数あり、ここも前の持ち主による改造か?実体配線に沿って回路図を書きました。


元の配線はLの左側のランドから信号線、Hからコールド側で、Hから基板上のGNDにジャンパ配線がありました。


回路図に書いてみれば最終的にアンバラ出力なので不思議では無いものの、基板を眺めている時はなんでこのジャンパがあるのか不思議でした(回路図に謎ジャンパと書いてあるのはその名残りです)。他にもジャンパ線やランドが浮いてグラグラと動いてしまう箇所があったので、パターンを再生してジャンパ線を無くし、EMU4520の回路図と同じになるように復旧。


104と12KはHPFで、計算するとカットオフ周波数は132Hzあたりになります。先人の回路図は抵抗の位置が違いますが数値を信じてオリジナルが653と15Kだったとすると160Hzあたりです。ここは104と12Kのまま使います。ケーブルはMVVSをそのまま再利用し、コネクタはXLRにしてコールドをL(600Ω)から取ってバランス出力化しました。


この状態で最初よりだいぶ安定しました。単3をCR2x
2本直列にして電圧を6Vに上げると更に安定しました。それでも振るとまだ若干接触不良な感じがします。電池の固定具合が甘いのか、カプセル側にも緩んでいる部分があるのか??


使ってみたところ、EMU4740に比べて明らかに指向性が鋭くガンマイクらしいガンマイクです。一方で音質は明らかにEMU4740に劣ります。現代の業務用マイクと比べると出力電圧がだいぶ低くS/N比が悪いです(乾電池式なのでインピーダンス変換だけでプリアンプ回路がありません)。配線が短いのであればハイインピーダンスで使いたい気持ちもわかる。

しかしこのマイク、長い!EM70だけで35cm、本体部を含めて全長約50cmでこれに合うスポンジ風防も無ければ手持ちのかご風防にも入りきれません。修理はしましたが使い道はありません。Primoのペンシル型マイクはEMU4740を除いてカプセル互換性があり、EM70は同社のEMU4535にも付くらしい。へぇ、と興味はそそられつつ。

つづく

(がんくま)

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