わたしは、日本のある安宿に泊まることにした。

宿主は、日系フィリピン人の青年だった。
彼は数年前に就労ビザで日本にやって来て、
紆余曲折あり、今はひとりでこの宿屋をやっているという。

小さなテレビとこたつのある居間で、
彼は五目いなりを作ろうとしていた。

「手伝おうか。」
私は居間に入り、こたつの脇に座った。
懐かしい毛玉のこたつカバー。

「この具を全部、細かく切るんだ。」
と彼。
切り昆布の佃煮、ひじき、生ホタテの唐辛子漬け、
巨大しいたけの煮たやつ。
寿司桶のご飯に対して、具が多すぎるしホタテが生臭そう。
指摘した私に
「これでいいんだ。」
と彼。なかなかの頑固者らしい。
お揚げさんは美味しそうに炊けている。
「日本食を一生懸命勉強した。」
と彼。勤勉なようだ。
畳にじか置きされたまな板の上の菜っ切り包丁は、
こどものコブシが丁度似合うくらいのミニサイズ。
「これは…」
と出かかったが、
私は、少ないやりとりからプリントアウト中の
彼のプロファイリングデータにより、飲み込んだ。

ままごとサイズの包丁で、巨大しいたけの群れと、
緩慢なフラフープの腰つきで笑いながら逃げる紅ホタテたちと、
私は格闘しながら、彼と話した。

「私も銀座のママと、よく作ったよ。五目いなり。
  (具が違うけど)。」
「君のお母さん、ここ泊まったことあるよ。」
「ロンリープラネットにでも、載ればいいのにね。」

楕円形のテレビの中では、
和田アキ子とたけしがイタリアンを食べているがどっきり。
居間のすぐ横の客室に、OL風のプライドの高そうな女が
コチラを横目で見ながら鍵を開けて入っていく。

楕円形のテレビの中では、
高田文夫が“長芋と牛乳のズルズルごはん”
という白い流動的なもののレシピを紹介している。
彼はこたつにアタって横になっている。
私は格闘している。
彼は笑っている。
私も笑っている。
「まあいいや。」

しあわせって、こんなものかなあ…と思う。