骨 | ゆきのブログ

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骨。
先日、知人だった方のお父さんが旅立ったという連絡を頂きました。

病と闘い、そしてやり切った「男」の表情を拝し、自分の父親や祖父の事を思い出していました。 男の顔にはその人の生き様が出ると言います。僕の父親も祖父も部位は違えど病魔と闘い、やり切って旅立って行きました。そして縁者が集まり葬儀を済まし火葬場に行き最後のお別れをします。しばらくして召集がかかり、火葬ポッドが開き、納骨の儀がはじまります。その出された台車は熱気を帯びていて、その上にはすっかり骨になった故人が。祖父の時も、父親の時も立派な大腿骨が二本、堂々と横たわっていました。


今日、「無事納骨を済ませました。立派な太ももの骨やった」と聞いた時、そんな事を思い出しシンクロして涙が出ました。

この方のお父様は昨年容態が急変する直前、集まった家族の前で両手でサムズアップしてみせたそうです。そんな闘病生活や看病が自分の父親の時と重なりました。祖父や父親の大腿骨と同じ遺伝子が僕や兄弟にも流れてる。
僕は最近どう生きるかよりどう死ぬかを考える時がある。
遺伝子は持っていても僕が死んで、骨になった時、あんな立派な大腿骨を持っているだろうか。
いや、鍛えてるとか鍛えてないとか物理的にではないんです。

祖父や父親やこの方のお父様の世代、激動の中を歯を食いしばりながら新境地を開拓し、一から商売を始め家族を背負い、地に立ち踏ん張り、支え抜いた立派な太ももの骨。

お父様、今まで本当に、本当にお疲れ様でした。かたちを変え今まで通り見ていてあげてくださいね。

僕も父親。
息子が居て娘が居て愛すべき人が居て、共感できる仲間が居て、守るべき生徒や仕事がある。
侵されないプライドを持ち、包み込む愛を持ち、障害や故障はあっても前に歩く脚を持っている。

あんな立派な太ももになれるだろうか。
いや、なってみせる。踏ん張ってみる。
そう教えてくれた出来事でした。



合掌。
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