少しでも自分を心地よく過ごさせてあげるために丁寧に掃除をする


食べる時に楽しい気分になるから盛り付けを丁寧にする


いつも嬉しい気分で過ごしたいから身の回りのものは気に入っているもので整える





こんな風にちいさくても丁寧に、愛情深く自分とお付き合い出来たら私たちってすごく嬉しい気分になれるししあわせだなぁ♡と感じられる。

コーヒーをこだわって淹れたり
美味しいおやつを厳選してみたり
過ごす空間にこだわってみたり
誰と付き合うのかを大切にしてみたり






自分を愛するという方法は
こんなに簡単に日常に転がっている。




でも、簡単そうにみえるこの景色も
こだわってみると案外大変で
「面倒くさい」ものなのです。





空間、部屋を心地よく保つには
モノの量を減らす努力が必要で、
心地よい部屋をキープする意思が必要。


簡単に手に入る食べ物ではなくて
カラダにも心にも嬉しい食べ物は、買い物に行って手間ひまかけて作ったり用意したりしなくてはならないかも。


人との付き合いには面倒くさいが付きもので
さまざまな価値観の人たちとどうやって自分は分かり合えるように捉え方を変化させていくか?
自分のとらわれた考え方を改めることが必要になったりもします。





心地よく、丁寧に生きるには

こんなに大変で
こんなに終わりのない努力と私たちは
生きている間、ずっと付き合っていかないといけないのだ、とも言えます。




だからこそ断言できるのは

この「面倒くさい」を越えてもなお
労力をかけられる・努力し続けられるほどの存在や関係というものはとてつもなく
愛されていて価値のあるものだということです。



それが自分に対しての愛情だったり
家族やパートナーへの愛だったり
子供への愛だったり
ペットや所有しているものに対してだったりするかも知れませんが


あなたがこの努力を重ねていけるほど大切にしたいと思える何かがこの人生にあるのだとしたら

それはとても幸せなことだと言えるでしょう。




簡単でお手軽で、ラクなものには
愛着や愛情、愛おしさや感動はなかなか感じられないものです


とても素晴らしい存在の私たちは初めから
カンタンに愛や豊かな感情を与えられたいとも思っていないのです



自らの手で耕して、手間ひまかけて育て
丁寧に創り出すことに喜びを感じるというクリエイティブな存在なのですね。


嬉しい、幸せ、豊かな愛ある景色は
「面倒くさい」けれど

そんな何か、を既に見つけているのなら
大きな喜びと豊かさはその手の中にあるということなのです。