私の体も心もボロボロだった。
ろくに寝てないし、食べ物もほとんど喉を通らない、おまけに貧血気味で頭も痛い。
貧血なのか、出かける準備をする間、何度かクラクラとめまいがした。
でも、赤ちゃんを見送ってあげなきゃ。
その気持ちだけで、別れの場へと向かう。
つらい事務的なことは旦那さんが全てしてくれていた。
火葬場の手続きなんて…
あの子がいないって決めてしまうことを書かねばならない書類なんて…見れなかった。
お別れは…辛過ぎてあまり覚えていない。
赤ちゃんの入った箱を大きすぎる釜の前に置き、
支度をしてあげる。
写真に手紙に、ぬいぐるみ…
さみしくないかな?
熱いかもしれないけど、ママとパパが側にいるからね。
きっとすぐにおじいちゃん、おばあちゃんが来てくれるから。
ごめんね…
扉がしまる瞬間は気が狂いそうだった。
今でも胸が痛い。
行かないで!
叫びそうになる口を押さえ、旦那さんにすがりつく。
この世にこんなにつらく、苦しい場面があるなんて思わなかった。
シトシトと小雨が降る中、煙が立ち上ってた。
あの子はちゃんと迷わずにいけるだろうか…
拭くことも忘れて涙をたらしながら、窓からその煙をじーっと眺めて、お別れをした。
あなたが幸せになれますように。
輪廻の輪をくぐり、できることなら私たちのとこへ帰ってきてね。
でも、
私たちを選ぶことができないのなら、
優しく、あったかい家庭に産まれて、今度こそ幸せになってね。
私たちはあなたが幸せに生きてくれるのをずーっと願っているよ。
春に産まれるはずだったからハルちゃん。
ありがとう。
わたしをママにしてくれた子。
お別れをした後の1ヶ月はどう1日を過ごしていたのかわからないくらいすっぽりと記憶が抜けてます。
妊娠中によく座っていたソファに座り、空を見て雲がスーっと動くのを見ていたのはよく覚えています。
残暑厳しかった夏の日が、あの子が旅立ってからすぐに涼しくなっていったのも覚えてる。
8月の終わりから9月。
ただ、ただ喪失感。
これから2年間、暗く、辛いトンネルの中を手探りで進むような日々が続きました。