10分で分かる「奥州安達原」下 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫

 

10分でわかる

奥州安達原

 

 

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これまでの登場人物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこへ平直方の上の娘、

袖萩

が訪ねて来ました。

 

 

 

妹の敷妙と違い、ぼろぼろの身なりです。袖萩はどこの人とも知れない男と駆け落ちしたため、勘当の身となっていたのでした。

 

さらに、彼女はその夫にも捨てられ、泣きあかしてホームレス同然の生活を送っているうちに目が見えなくなってしまいました。

 

袖萩は十一歳になる娘のお君に助けられながら暮らしていました。

 

 

 

しかし、父の命が危ないと聞きつけ、お君と共に恥を忍んで親の元へ戻って来たのでした。

 

 

 

直方は武士の人間として、勘当した娘を迎えるわけにはいきません。袖萩に冷たく当たります。

 

「妹の敷妙は立派な将軍と結婚したというのに、お前は下郎と一緒になった下衆だ」と罵りました。

 

 

 

袖萩はそれを聞き、夫が浪人だったのは仮の姿で別れた時の手紙に本当の名前と身分が記されていたとその手紙を差し出しました。

 

 

その手紙を見た直方は目を疑いました。

 

 

 

なんと、奥州安倍貞任と記されていたのです。

 

貞任と夫婦になっていたとは、いよいよこの御殿に入れることはできません。

 

 

 

雪の降る寒空の中、袖萩とお君は外へ締め出されてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

直方夫妻が近くにいないことを窺い見て、一人の男が御殿の中から袖萩親子に近づいて来ました。

 

 

先ほど捕らえられていたはずの南兵衛です。

縄を引き切って逃げてきたのでした。

 

 

 

宗任は袖萩を見つけると、自分が貞任の弟の宗任だと明かしました。

 

そうして、袖萩に刀を手渡し、貞任の妻であるなら直方の首を討てと言いました。

 

 

 

 

 

 

 

御殿の奥から『曲者待て』と声がしました。宗任は袖萩を見えないところへ隠します。

 

 

声の主は敷妙の夫で源氏の将軍の八幡太郎義家でした。

 

「縄を引き切って逃げ出すことができたと思ったが、見つけられたのならそれも宿命か」

 と宗任は胸を据えてどっかりと座りました。

 

 

 

 

その様子を見た義家は、金札を宗任の首からかけました。

 

 

「網から漏れた魚を助けるのは仏の道。この金札には源義家これを放つと書き記した。日本国中放し飼いの身とする」

 

 

義家の言葉に宗任は腹の底の気持ちを押し隠し、頭を下げて御殿を去っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御殿の中では直方の切腹の用意が整いました。

切腹の腹切り刀はあの矢の根です。

 

一方、外ではそれと知らない袖萩が宗任に手渡された刀を手にしています。

 

 

覚悟を決めた直方は座りなおすと、一思いに腹へ矢の根を突き立てました

 

 

 

同時に、外では袖萩が娘に見えないように宗任の刀を自分へ突き立てました

 

お君は驚き、袖萩に取り付きます。

袖萩は声を立てないよう、お君を抱きしめました。

 

 

 

気付いた母が袖萩の元へ降り立ちました。

 

 

「袖萩、お前、自害したのか!お父様もご切腹されたのよ」

ええ、お父様も

娘もか

 

 

 

互いに死を選んだことを知った二人は、息も絶え絶え驚きあい、涙を流しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

則氏が入ってきて、直方の死を見届けました。

そうしてその懐から、環の宮誘拐の計画を記したあの手紙を抜き取りました。仕事を終えた則氏は御殿を立ち去ろうとします。

 

 

 

 

その時でした。

 

 

 

 

 

御殿中に戦を知らせる陣太鼓が鳴り響きます。

 

 

 

 

「八幡太郎義家これにあり。安倍貞任に見参する

 

声も高く義家が現れ、則氏を引き止めました。

 

 

「安倍頼時によく似た桂中納言則氏と名乗る曲者、貴様こそ安倍貞任だな。証拠はこれだ」

 

 

そう言うと、義家は宗任が血で和歌をしたためたあの源氏の白旗を広げました。

 

 

「我が国の梅の花とは見たれども、と連ねたこの句、我が国とは我が『本国』。梅の花は花の兄と称される。つまり『奥州の兄』と記したこの血判で我が源氏の白旗を汚し、我らを調伏する決意。さあ、言い訳があるか」

 

 

 

則氏は無念に髪を逆立て、義家に向かいました。

「口惜しい。いったん浪人となって都の様子をうかがっていたが、官位がなくては宮中へ入ることができず、死んだ則氏に変装してここまできたのだ。親の敵、八幡太郎義家、覚悟しろ

 

 

正体をあらわした貞任は、太刀に手をかけ詰め寄りました。

 

 

 

「急くな、貞任。今、この御殿は源氏の軍勢で囲んでいる。いくら貴様でも命は助からない。だが、環の宮の行方を白状するまでは助け置いてやる。貴様の父の葬い戦はまた改めようではないか。それよりも妻の袖萩の最期に何か言葉をかけてやれ」

 

 

 

袖萩は消えゆく自分の命を必死に繋ぎ止めながら、口を開きました。

 

「先ほどからよく似た声だと思ってはおりましたが、やはり貞任様だったのですね。六年ぶりだと言うのに、顔を見ることも叶わない。目を開けたい」

 

 

 

袖萩と娘の姿を見、流石の貞任も涙をはらはらと流しました。

 

竹の陰から、宗任がすっくと姿を見せました。

 

 

「今こそ兄弟の本意を遂げるとき。さあ、義家勝負!」

 

詰めかける弟を貞任が「待て」と押しとどめました。

 

「宗任、ひとまずこの場は去ろう」

 

兄の言葉に「義家、首を洗って待っていろ」と宗任は退きます。

 

「互いに勝負は戦場。まずそれまでは『桂中納言則氏』殿、おさらば」

 

 

義家は改めて貞任に則氏としての別れをいいました。

 

 

さらばさらばと敵味方、貞任は娘のお君と息を引き取った袖萩を見、目を湿らせましたが気を取り直し、身を翻していきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして源氏の大将義家と安倍貞任宗任の武勇は今にも隠れなく伝わっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

とよたけ・さきじゅだゆう:人形浄瑠璃文楽
 太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽
公演に主に出演。


その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
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