ウクライナで試合をしたことがあります。

2013年12月でした。
もうクリミア半島の危機が迫っていた時期で、大会の中止も最悪有り得ると通達されていました。
 
豈図(あにはか)らんや、何とか渡航できることに。
ロシア航空機に乗ってモスクワでトランジットして、ウクライナの首都キエフまで行きました。
 
機内はガラガラでした。
危険のはらむ国にあえて飛び込む酔狂な人間はなかなかいません。
あの状況の中、いつも通り海外遠征に帯同してくれた会長やマネージャーに改めて感謝します。
 
無知だったので、ウクライナに行くのは楽しみでした。
しかし、空港から重々しい雰囲気で、ホテルと試合会場にしか行けない軟禁状態。
他国の人間に何かあれば、更に大きな国際問題に発展してしまうので致し方ありません。
大会は異常な雰囲気のまま行われ、私は敗れました。
 
試合後、気持ち悪くなってトイレで吐いていたら、隣でも吐いている人物がいました。
対戦相手のロシア人、アスケロフでした。
スッキリした二人は、洗面所で互いの激闘を労って握手しました。
彼とは今もSNSを通じて友人です。
 
当時、アテンドしてくれたウクライナ人美女、ユリヤは元気だろうか。
また、ウクライナの友人、アルトゥール・キシェンコは、戦争反対の立場ですが、気持ちは戦士のように勇敢です。
 
女子供を守るためなら、男は命を投げ出す覚悟を持った方が気が楽です。
生きているだけで丸儲けの精神は、本人の心持ちと時と場合によります。
 
せっかく格闘技に身を置いて強い心身を手に入れたのだから、私も戦う覚悟を持っています。
自分の役割を全うすることもまた、戦いです。
 
あれから8年間ウクライナが納得しないまま、クリミア半島をロシアが実行支配していたことすら知らず、お恥ずかしい限り。
今や情報の多くも信用し切れません。
だから私はウクライナ人と、ロシア人の友人の無事を願っています。

今のところ、全員の無事を確認しています。

【ブルート通信vol.171 / 明生人嘉98話】