大変ご無沙汰しております。1年ぶりの更新でした💦

 

1年ぶりなので色々ありましたし、まとめるには難しいですが、ひとまず元気です。

身体面だけでいえば、ずいぶんと進行しました。自分で動かせるところはほとんどなくなりました。ただ、心配していた気管切開はなんとか何度も危うくなりながらもせずに済んでいます。一時期よりも進行スピードは落ち着いたように感じます。

 

心の面では、前もってコミュニケーションツールを用意周到にしていたのでもどかしさはありますが、比較的うまくいっています。

 

新しい住処も決まりそうですし、ヘルパーさんに支えてもらいながら生活しています。

当事者団体を立ち上げることも決め、毎日充実した日々になっています。

 

 

充実した毎日は、自分の心も持ち上げてくれています。数年前の文章やメモを読むと本当に心が不安定で辛い日々だったことがひしひしと読み取れます。

原因不明で心の問題にされ、頑張っていても甘えてる、頑張りが足らないと言われてしまう。周りの理解もなく、支援もまともに受けれず、生きることで精いっぱいで進行にも怯え、動けない体に苛立っていました。

 

心がどんどん荒んでいき、どこまでが自分の症状で、どこまでが「わかってほしい!」「つらいよ」っていう心の苦しさが体に表れているのかわからなくなっていき、それによってまた周りから心が弱いとか、揺れ動きすぎ、症状と検査データが一致しないといわれてまた症状が迷走していく一方でした。

 

今現在も、原因不明や病名がつかず、心の問題や怠けているなどと安易に言われて傷つき苦しんでいる人がいます。

私自身も2度の誤診によって、周りから冷たい態度やきつい言葉を浴びさせられてきました。

 

一度ついてしまった、「身体表現性障害」「自律神経失調症」「転換性障害」などは簡単には消えず、常に付きまとっていきます。昨年したカルテ開示・・内容を見ていたら何故この時に心の問題と医者は言ってしまったの?という内容でした。少なくとも神経内科の時点では原因不明でしかなかった。その後、心療内科が支援者や家族などに「甘やかしたらあかん」「支援したら悪化する」などと通達したために周りの態度は変わっていったのです。

 

医者としては簡単につけた病名や言葉が何年も尾を引き、周りの理解のなさや冷たい言葉などによって症状が複雑化して結果として病名をつけることも困難になっていく。

 

原因不明や病名不明は仕方ない部分があると思います。人間の体は複雑だし、医学の限界もあります。私自身、仮の病名はありますが、医者から「今の医学では限界」「おばあちゃんになったら病名わかるかもしれない」と言われています。

 

それでも周りの理解や優しい対応があればかなり変わってきます。私自身がそうでした。周りから理解され、必要な支援を受けれるようになり、無理をしなくなったことによって、人生をエンジョイすることができるようになりました。もちろん、今も進行は止まっていませんし、動かない体は悔しいしもどかしいです。それでも心は以前と比べ物にならないくらい安定しています。自分に何ができるのかな。自分もなにかしたい。とまで思えるところまできました。

 

当事者団体を立ち上げようと思ったのはそこからです。自分の経験はけして珍しいことではないですし、一人の人としてではなく、病名や障害種別でしか判断されず偏見で苦しむのはおかしなことだと思います。私の力はちっぽけです。それでも自分にしか出来ないことはあると信じ、今も少しずつ当事者団体の立ち上げに勢力を注いでいるところです。

 

そんなこんなで変化の1年だったため、更新してなかったのですが、ブログを再開できるところまできました。前ほど更新はできないと思いますが、もしよかったらたまに見てくださるとうれしいです。