映画「ぼくは君たちを憎まないことにした」を観る | 世日クラブじょーほー局

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 「金曜日の夜、君たちはかけがえのない人の命を奪った。その人はぼくの愛する妻であり、ぼくの息子の母親だった。君たちがぼくの憎しみを手に入れることはないだろう。君たちが誰なのかぼくは知らないし、知ろうとも思わない。君たちは魂を失くしてしまった。君たちが無分別に人を殺すことまでして敬う神が、自分の姿に似せて人間をつくったのだとしたら、妻の体の中の銃弾の一つ一つが神の心を傷つけるはずだ。

 

 だから、ぼくは君たちに憎しみを贈ることはしない。君たちはそれが目的なのかもしれないが、憎悪で怒りに応じることは、君たちと同じ無知に陥ることになるから。君たちはぼくが恐怖を抱き、他人を疑いの目で見、安全のために自由を犠牲にすることを望んでいる。でも、君たちの負けだ。ぼくは今まで通りの暮らしを続ける。

 

 ぼくは今日、妻に会った。やっと会えた。夜も昼も待って、やっと会えた。彼女は金曜日の夜、出掛けて行った時と同じように美しく、十二年前、ぼくが狂おしく恋した時と同じようにきれいだった。もちろん、ぼくは悲しみに打ちひしがれている。このことでは君たちに小さな勝利を譲ろう。でも、それも長くは続かない。ぼくは彼女がいつの日もぼくたちとともにいること、そして自由な魂の天国でまた会えることを知っている。そこに君たちが近づくことはできない。

 

 息子とぼくは二人になった。でも、ぼくたちは世界のどんな軍隊より強い。それにもう君たちに関わっている時間はないんだ。昼寝から覚める息子のところへ行かなければならない。メルヴィルはまだやっと十七か月。いつもと同じようにおやつを食べ、いつもと同じように遊ぶ。この幼い子どもが、幸福に、自由に暮らすことで、君たちは恥じ入るだろう。君たちはあの子の憎しみも手に入れることはできないのだから

 

 覚えている。FBに投稿されたこのメッセージを。テロに屈しない強靭さ。常人には及びもつかない達観。筆致の妙…。アントワーヌ・レリス。突如現れた悲劇のヒーローに、世界が歓喜した。だが、その男は実に苦しみ、闘っていたのだ。怒りと絶望とに…。

 

 2015年、11月13日の金曜日、フランスはパリ。テロは起こった。ライブ会場でISのテロリストが銃を乱射。その場にレリスの妻であり、まだ一歳半の息子メルヴィルの母であるエレーヌがいた。なお、レストランやカフェなど数カ所で同時多発的にテロが起こされていた。結局、ライブ会場では90名が犠牲となり、最終的に130名が命を奪われ、350人以上が負傷した。以後、フランスは2年にわたり、非常事態宣言下に置かれる事態に。

 

 事件直後からエレーヌのケータイを鳴らし続け、手あたり次第にパリ中の病院を駆け巡ったレリス。他方、息子メルヴィルの面倒はいつも通り見なければならない。「それどころじゃない」とは言えない。ときに場をわきまえることを知らない子どもの存在が残酷と思える場面も。やがて最悪の知らせが…。エレーヌはライブ会場で亡くなっていたのだ。

 

 遺体となったエレーヌと対面したレリス。ガラス越しで体に触れることは叶わなかったが、その顔は穏やかで、3日前と変わらぬ美しさだった。思わず笑顔を見せるレリス。今まで張りつめていた糸が一気に弛緩した。いなくなった最愛の妻が目の前にいる。しかし彼女は横たわって目を閉じたまま動かない。受け入れなければならない現実がそこにあった。

 

 その晩、矢も楯もたまらず、あふれ出る思いをつづったのが冒頭のメッセージだ。テロが残虐であればあるほどに、妻への愛情が深ければ深いほどに、通常、そこには煮えたぎる怨念と憤怒の思い、果ては復讐が盛り込まれること必定。しかし、人々の心に突き刺さったのは、「憎まない」の文字だった。蛮勇か、やせ我慢か、本人も自覚的ではなかったろうが、実際は自分との戦いの宣言だったろう。以後、請われるままにメディアへの露出を増やしていったレリス。だが、彼の姉やエレーヌの家族は、悲しみを共有し心底同情しつつも、微妙な面持ちだった。

 

 レリスは、世間の耳目を集め、その心情を吐露することで崩れ落ちそうな自分を抑え込んでいる側面も。周囲を見渡せば、そこかしこに軍人が配置されていること以外は、いつもと変わらぬ風景。忙しく行き交う人々、幸せそうな家族やカップル…。ふと我に返れば、目の前に息子メルヴィルがいる。この子はまだ幼い。こんなに早く母親を失ったが、残された二人の人生はこれからまだ長いのだ。やがていつの日か心の傷は癒されよう。時間が解決してくれるはずだ。なお、レリスは自分の言葉が見知らぬ誰かを勇気づけた事実も知ることに。

 

 ラストは親子水入らずの微笑ましいシーンと、レリスがひとり物思いにふける姿を通じ、しばし、己が人生を重ねて沈思黙考となった。

 

 レリスはヒーローではない。一人の標準的な男だ。ただ彼は示してくれたと思う。真の強さとは、マッチョを見せつけ、力づくでねじ伏せることや肩書やバックをちらつかせて縮み上がらせることではない。いわんや相手を口汚く罵り、マウントを取って優越感に浸ることであろうはずがない。(ただ、愛する人を守るためにマッチョが必要であることは事実)それはまず自分の弱さを認め、その自分と戦うことができること。そしてすがることを知る素直さ。なお、自分の信念(内心)は、誰一人、指一本触れることができない。どんな強盗も自然災害も奪うことができない。エレーヌとの思い出は、天に刻まれたまぶしい記憶なのだ。

 

(監督)キリアン・リートホーフ

(キャスト)

ピエール・ドゥラドンシャン、ゾーエ・イオリオ、カメリア・ジョルダナ、トマ・ミュスタン、クリステル・コルニル、アン・アズレイ、ファリダ・ラウアジ、ヤニック・ショワラ