自我(私)の考えることと言えば

 

 

どうしたらこの卑小で脆弱ですぐに傷つく個人の肉体(分離の象徴)を少しでも安全に快適に守れるか?

 

 

観察するなら、ほぼこれしか考えていないし、

すべてがこれに基づく考えだということがわかる。

 

なぜならそれが「自分は神の子ではない!個人の肉体だ!」という自我の実在を証明できるものとなるし、

 

この考えを信じることにより、存在論的恐怖(恐れ)は確固たるものとなり、

自分は肉体だと信じている私たちにとっては、最大級の執着へのテーマとなり得る。

 

そして何より、そこに執着(問題解決)し続けさせることが

分離の保持(私はいる)という自我の目的の達成となり続けるからだ。

 

 

そこに気づいている。

 

存在論的恐怖と共に、

それを信じ続けたいという自分の決断とその結果に気づいている。

 

それが学びとなる。

 

するとそれは段々と自分自身の目覚めへの「愛の呼びかけ」となってくる。

 

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◉4月のACIM TALK カフェ

4月30日日曜日午前10時〜

 

 

 

◉ピュアノンデュアリティ〜奇跡講座・奇跡のコースを通して非二元を生きる。

ACIM MIRACLES「聖霊の教室」

 

 

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