『帰ってきたヒーロー』

和央ゆうかさん 福岡の新ハーフ(笑)

残された寿命を仮面ライダーに捧げた人。

自分が本当に落ち込んだ時に、自分の命を救ってくれたのは仮面ライダーなんだ!と言う事で、自分の命は仮面ライダーの為に使うと言い、引退したライダー俳優を表舞台に出した功労者!!

もちろん村枝先生の仮面ライダーSPIRITSあってこその話です。(単庫本の後ろに俳優さんや関係者のインタビューが載った)で、巷ではライダーイベントが増えたし、昭和ライダー俳優さんのファンクラブが増えた。

そんな中

仮面ライダー2号 一文字隼人(佐々木剛)
仮面ライダーエックス 神 敬介(速水亮)
仮面ライダーアマゾン 山本大介(岡崎徹)
仮面ライダースーパー1 沖 一也(高杉俊介)

このメンバー一同を福岡に集めてしまった。

僕らの中では、まだ伝説のイベントだな。

このイベントを福岡に続いて、次の日に熊本でも開催した。

それからという者、福岡と熊本で組むようになり、昭和ライダーの皆様とは嘘かと思うような付き合いをさせてもらえるようになる僕。

これが『帰ってきたヒーロー』の画像

懐かしいな(涙)

それから数年、ゆうかさんが倒れた。

来るべき日が近づいてるのか、でも大丈夫だと思ってた、だからこんな格好で見舞いに行った




このときの会話

『今回はヤバイと思ったわ、ほんまに死ぬんやと思った、でもそんなに簡単に死んでたまるかと思った。水木一郎、堀江美都子、子門真人の3人のライヴするまで死なれへん』だった

こんな事も言ってた

『今みたいにヒーロー番組は、芸能界の登竜門と言われる時代とは違って、昭和の仮面ライダーやヒーローになってくれた人達は、俳優という道から外されたりしたらしい。だから私はヒーローしてくれた俳優さん達には、死ぬまでヒーローしてもらいたいねん!!』

『帰ってきたヒーロー』辺りから、昭和特撮俳優をクローズアップし始める、イベントも本当に増えた。

そして大事な言葉

『さすがに私の命もあと1年あんのかなぁぁ。あんな、シゲちゃんお願いがあんねん。私が死んだら、あとはシゲちゃんがライダーの応援してあげて!!ヒーローがずっとヒーローでいられるようなイベントをしてあげて。』

その言葉を、その場で『わかった』なんかは言えず、でも帰りの車の中では悩みまくった。

どうやってお客さんを集めるのん?どうやって仲間を増やすのん?

もしかして、アニソンバーがあるんやから特撮バーがあっても良いのかな?

嫁は何て言うやろ(笑)いろいろ考えました。

でね、Facebookのmessenger




そして11月9日だっけな

ゆうかさんは亡くなっちゃった。

ヒーローをヒーローのままで!!を約束して。

この言葉の約束が僕にはあるのです。


おかげでね、アニメ特撮バーGも3年目。

12月1日で丸3年です。2000年の時、5~6名で始まったオフ会メンバーから、今では100名近くの仲間になり、県外にも仲間が出来ました!!

凄く応援してくれる仲間です。

これからも店のスタッフと、多くの仲間と共に、ヒーローをヒーローのままで!!の実現を目指させていただきます!!





PS
水木一郎さん・堀江美都子さん・子門真人さんのライヴの約束をしなくて良かった(笑)