私は猫舌なのであります。それでも、喫茶店に来るといつもブラックのホットコーヒーを注文いたします。私には飲めない熱さの珈琲を、ただじっと、その水面を眺めて時を待つのです。薄い湯気の向こうには、儚い世界が揺らめきながら存在している気がしてならないからです。
「Fさんが結婚したのよ。もちろん覚えてるわよね?あの、ハムスターの」
「ええ、ええ。本当に。ジャンガリアンを可愛がりすぎて饅頭みたいにしてたわね」
「そうなの、あんなに異常な程愛でてたくせに、あの人結婚してからハムスター飼ってないんだって」
「ふうん。やっぱり、夫の方がいいって?」
「そうだと思うわ。餌を一日あげるの忘れたらしくてね」
「死んじゃったんだ」
「そう。ハムスターにとって一日の飢えは重要な問題なのだろうね。でも、夫と結ばれるためにあのジャンガリアンが死んだと思っているの」
「あの人が餌を忘れるのね。旅行に行った時なんかペットホテルに預けてたじゃない。人間ってどうかしてるのね、きっと」
「本当、びっくりしちゃった」
「でも私やっぱりハムスターの可愛さがわからないわ」
「小さいところじゃない?感触とか。掌にのせたら可愛いわよ」
「ふうん。そういえばペットって小さいものばかりね。私この前ドブネズミ見ちゃってさ、猫ぐらいの大きさの」
「そんなに大きかったら嫌だなあ」
「どうして?私はハムスターよりは好きかもしれないわ」
「流石に気持ち悪いでしょう、それ」
「うーん、やっぱり私わからないわ」
隣の女性二人がわからないと頭を抱えながら席を立ちました。そうして私はやっと珈琲を一口いただくのです。
窓は雨に濡れ、道路ではたくさんの光が、珈琲の水面を揺らすのです。