「お子さんはまだなんですか?」
妊娠する前、私もこう聞かれることは多かった。
これは人によっては聞かれたくないデリケートな質問なのだと私も分かってはいるが、私自身はこの質問をされても特に不快とも思わなかった。
結婚3年目、しかも相手とは学生時代からの付き合い。
たったこれだけの情報でも「なんでまだ子供がいないの?」と思う人がいても不思議ではないと私は思っていた。
さらに私たち夫婦は別にお互いの体に何か問題があるわけでもなく、夫婦仲も決して悪くはなかった。
私たちが結婚しても子供ができなかったのは、ただ単純に避妊をしていたからだ。
子供がいないという状況は自分たちで選んだだけのこと。
だから私は「お子さんはまだなんですか?」と聞かれても、
「今は仕事が楽しくて。長年やりたかったことができる今がとても幸せなんです」
と答えるだけだった。
他人に子供の有無を尋ねられたとしても何も感じようがない。
仕事が楽しい。
夫婦生活も満足。
長年の夢が少しずつ叶い「つつある」実感が幸せ。
だから子供はまだ作れない。
薬局でコンドームを手に取る度に私はこれまでに得てきたものと、まだ手に入れていないものを考えていた。
裏を返せば私はずっと自分に対して、
「まだまだダメ。できてない。だからまだ子供は作れない」
と思い続けていたということでもあった。
もちろん今でも足りていないものを数えることはできなくもない。
それでも今私の目の前にあるものを冷静に見れば、得てきたものもたくさんあるのだ。
長年の夢が叶い「つつある」中で私はずっと、自分に足りないものばかりを見てきた。
そうこうしているうちに私も30歳になる。
30歳にもなれば私にとってのコンドームはそんな自分がまだ得られていないものを象徴するようにもなる。
だから私は夫と話し合い、避妊を止めることにしたのだ。
今でこそ夫は私の仕事の最高の理解者ではあるが、それこそ結婚当初は私の仕事など「趣味」「遊び」程度にしか考えていなかった。
これまでに私たち夫婦は私の仕事に関してそれなりに喧嘩もしてきた。
「今よりも雄妃の仕事も、自分たちの生活ももっと良くするために」
過去にそうして何度もぶつかり合ってきた夫は、私の葛藤を理解してくれた。
こうした流れの中での私の妊娠は、ただの「特に体に問題もない、長く付き合ってきたカップルがやることをやった結果」ではない。
私自身の孤独と苦しみと、それでも捨てきれない希望との葛藤の結果であり、それを受け止めようと必死に私に歩み寄ってくれた夫の努力の結果だ。
たった0.01mmの薄さしかないにもかかわらず、越えるのに30年もの時間が必要な壁だったと思う。
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