何時もそこにある笑顔と、この箱の中に込められた思い。

 そうね。
 この村に来た時の事が、もう随分前の事のように感じるわ。
 家出して、ミストの家に転がり込んで、あんたに出会って、それからお店を出して。
 ほんと、あれからもう二年も経ったのが、信じられないくらい。

 最初は、随分頼りない人だなって思ったっけ。
 全然、あたしのタイプじゃなかったのにな。
 真夏のトランルピア湖で、あいつを待ちながら、ふとひと月前の事を思い出した。
 あいつの気持ちと、あたしの気持ち。
 四角い木の箱の中に、込められた思い。
 
 あれは、春になってすぐの事だった。
 確かその時は、ひと月後にこうなる事も考えてなくて、何時ものように、彼の家の出荷箱を覗きに行ったんだった。
 そこで、相変わらず一生懸命畑仕事をしているラグナに、ちょっと呆れ気味に声をかけた。
 「あんたも、毎日、毎日、よくやるわねぇ」
 朝から晩まで、ラグナは働いてばかり。
 畑を耕して、水をかけて、モンスター達の世話、遺跡でも探索、鉱物集め、クジラ島の探索、それから村の人達の面倒まで。
 ほんと、お人好しにもほどがある。
 まあ、そうやって一生懸命働いてる人、あたしは嫌いじゃないんだけどね。

 そんな事を考えてると、ラグナは、春の作物を植える為に一心不乱に畑を耕していた手を止め、流れる汗をふきながらこちらに笑顔を向けた。
 「ロゼッタさん、こんにちは。何時も、ありがとうございます」
 「あら、お礼を言うのはこっちの方よ。あんたが野菜を出荷してくれるから、あたしも商売出来るんだから」
 笑いながら、出荷箱の方へ向かう。
 ちらりとラグナの家の方に視線を向けると、何時ものようにミストが立っていて、のんきな様子であたし達に手を振ってきた。

 ミストは、あたしの幼なじみ。
 ちょっと、何を考えてるかわか分からない所はあるけど、悪い奴じゃない。
 ぼんやりとしてるようで、あれで結構しっかりしてて、負けず嫌いなのよね。
 昔からよく一緒に遊んでて、気がつくと競争になってたわ。
 ラグナとは仲が良くて、なにかと一緒にいる事が多い。
 こうして出荷箱を見に来る時も、よく畑の前でラグナの事見てるし・・・・。
 ミスト、ラグナの事が好きなのかな?
 ラグナは、ミストの事、どう思ってるんだろう?

 「あんた達、本当に仲がいいわよね。あんたとミストって・・・・どういう関係?」
 そこまで尋ねてから、あたしはちょっと言いよどんだ。
 「あの、別に、深い意味はないからね!」
 もう、何言ってんだろう、あたし。
 あたしは別に、ラグナとミストがどういう関係だろうと、どうでもいい筈なのに。
 むしろ、あのミストがこいつを好きだっていうなら、応援するわよ。
 そうすりゃ、多少はミストも変な癖が治って、まともになるでしょうよ。
 うん、そう。ラグナが、誰を好きになろうが、関係ないし・・・・。

 ラグナは、少し困ったような顔をしていたけれど、あたしの言葉に返事をする事はなかった。
 まるで聞こえなかったように、また畑を耕し出す。
 あたしは、気を取り直して、ラグナの家の出荷箱を覗いた。
 でも、
 「ちょっと、ラグナ、空っぽじゃない!!」
 スッカラカンの出荷箱を覗いて、思わず嘆く。
 「すみません、今日はずっと春の種を蒔くために、畑を耕してばかりいたので」
 また手を止めて、少し疲れ気味にラグナ。
 「ちょっと、あんた顔色悪いわよ。大丈夫?」
 「大丈夫です。もう少し耕したら、休みますから」
 「あんた、働き過ぎよ。しっかり休んで、体調管理する事も、商売人の努めなんだからね」
 取り敢えず、出荷箱が空っぽなのは仕方ない。それを、引きずってちゃいけないわ。
 それより、お得意さんの体調の方が大事。
 この切り替えも、商売人には必要なのよ。

 するとラグナは、にっこり笑って、
 「ありがとうございます」
 と言った。
 う~ん、でも、きっと終わるまで休まないんだろうな。
 この、笑顔がくせ者なのよね。
 こんな笑顔しながら、本当は凄く頑固なんだから、こいつ。
 でもまあ、ミストもいる事だし、と思って、あたしは手ぶらのまま、お店の方に戻る事にした。
 ほら、大丈夫。
 別に二人の事なんて、何とも思ってやしないでしょ?
 

 それから数日後。
 「あら、こんなに沢山、凄いじゃない!」
 最近少なめだった出荷箱に、いきなり増えた出荷物を見て、思わず驚きの声をあげる。
 「春ですからね」
 ちょっと自慢気にラグナが言うので、思わず笑ってしまった。
 「あんたの総出荷量、計算してみたら凄かったわ。お店としては、ありがたい事だわ。ほんと、感謝してるのよ」
 出荷箱からイチゴを集めながら、背後にいる筈のラグナに向かってそう言う。
 こうして、作ってくれる人がいるから、あたし達は商売が出来る。
 それを、ちゃんと分かってないといけないと思うのよね。
 常に、感謝の気持ちを忘れずに、よ。
 それが、商売の秘訣でもあるかな。

 「ロゼッタさんこそ、あれこれお店を切り盛りして、色々な新しい事を考えて、頑張ってるんですよね。すごいなぁ、って、何時も思ってます」
 「やっ、やあね、褒めても何も出ないわよ。それにあたしだって、女の子なんだから、仕事ばっかりって訳じゃないし」
 肩越しに、ちらりとラグナを見る。
 なんだか、そんな風に言われると、いかにも仕事だけの女みたいな気がしてしまうわ。
 勿論、褒められたら嬉しいけど、そうじゃない事も、少しは主張したくなる。
 「えっ、そうなんですか?仕事の他に、何をしてるんですか?」
 驚いたようなラグナの声に、ちょっとムッとする。
 あのね、ラグナったら、あたしには仕事しかないって思ってるのかしら?
 そりゃ、商売は楽しいし、あたしに向いてるとは思うけど、他に何にもないって訳じゃないわよ。
 「何って、色々よ」
 あたしだって、浮いた話しの一つや二つ・・・・・、やっぱ、ないか。
 でも、これから、きっとステキな王子様に出会えると思ってるんだから!
 
 「そうですか。でも僕は、一生懸命働いてるロゼッタさん、好きですよ」
 不意にそんな事を言われて、かっと頬が赤くなるのが分かった。
 「あのね、好きだとか、そういう言葉、簡単に言わないの」
 もう。
 ラグナって、ほんと、天然だわ。
 そんな言葉、普通にさらりと言ってしまえる所が・・・。
 きっと、何にも考えずに言ってるに違いないもの。
 それでもちょっぴり嬉しくて、そんな恥ずかしさを誤摩化すため、あたしは意地悪な笑みを浮かべて見せた。
 「って言うかさ、そんな事言って、あんた、まさかあたしに気があるんじゃないわよね?」
 冗談ぽく言う。
 そうやってからかうと、何時も赤面して照れるのは、ラグナの方だった。
 真っ赤になって、しどろもどろになって・・・。
 あんまり素直過ぎるから、ちょっとからかってみたくなるのよ。
 なのに、今日はやけに真面目な顔で、黙り込んでしまった。
 やっ、やだな、調子狂っちゃう。

 仕方なくそそくさと出荷箱のイチゴを回収して、パタンと蓋をしめる。
 ここだけの話し、実は、イチゴって大好き。
 甘くて、ちょぴり酸っぱいけれど、幾らでも食べれちゃう味よね。
 食べ出すと、止まらなくなっちゃう。
 こんなに沢山出荷してもらったら、ちょっとくらい食べちゃおうかしら、って気になっちゃいそうだわ。
 あっ、勘違いしないでね、本当に食べちゃう訳じゃないから。
 商売人だもの、商品には手をつけません。

 「じゃあ、また明日ね」
 相変わらず黙り込んだままのラグナに言って、手を振る。
 ラグナは、やっぱり無言だったけれど、不意に顔を上げて、
 「ロゼッタさん」
 と、真面目な顔で呼び止めた。
 「何?」
 「・・・・あっ、いいえ、また明日」
 何よ。
 変なラグナ。
 その時は、ちょっと何時もと違うな・・・と思ったけれど、別段深く考える事なく、あたしはそのままラグナと別れた。
 
 次の日の夕方、またラグナの家に向かう。
 毎日、毎日、それがあたしの日課。
 彼の畑は、何時も沢山野菜や果物がなっていて、綺麗なお花が沢山咲いていて、輝くばかりにルーニーが舞い踊ってる。
 今では、一日の仕事の最後に、彼の畑に行く事が、ささやかなあたしの楽しみでもあるのだ。
 ほのぼのした空気に、癒されるっていうか・・・・、持ち主と同じで、何時も笑顔をくれるから、あたしも笑顔になれるのよ。
 仕事も頑張ろう、って気持ちになる。
 そんな事、照れくさくてなかなか言えないんだけどね。

 今日は、確かラグナ、昼前にお店に来た時、くじら島に行くので夕方はいないって言ってたっけ。
 ミストも、このところ姿を見ないわ。
 毎日、毎日、よくそんな暇があるわねってくらい、ラグナの畑に入り浸ってたのに・・・・。
 春になってからの、周りに起こった小さな変化を不思議に思いながら、出荷箱を開ける。
 すると、今日もまた、溢れるほどのイチゴが出荷されていた。
 すごい、またイチゴばっかり。
 ラグナが作ったイチゴ、きっと美味しいんだろうな。
 今年はほんと、イチゴの出荷が凄いのよね。
 あっ、そう言えば、秋のサツマイモも凄かったっけ。
 他のものは、そこまで多くないのにね。
 ラグナも、あたしと同じで、イチゴとサツマイモが好きなのかしら?

 くすっと笑ってから、ふと思う。
 あれ?
 あたしと同じ?
 あたしの好きなもの?
 ・・・・まさかね。
 駄目、駄目、考え過ぎ。そういうの、期待してたら駄目よ。
 って、期待してる訳じゃないのよ、本当に。
 ラグナはいい奴だけど、あたしは別に・・・・。
 好きだけど、特別な意味はなくて。
 ああっ、そんな事考えてるあたり、何か変だ。

 小さな変化が、やがて広がって、大きな変化へと繋がる。
 そんな事も知らず、ただ小さな波に、僅かな揺れだけを感じていた。

 それからも、毎日、毎日、祝日以外、あたしはラグナの家に通う。
 それが、仕事。
 仕事なんだけれど・・・・。
 春の間、出荷箱には、やっぱり毎日かかさずイチゴが入っていた。
 こんなに沢山、って思うくらい、本当に沢山のイチゴ。
 そして、一面のイチゴ畑。
 今年は、花も野菜もない。
 それが、まるで、あたしへのプレゼントみたいな気がして、胸がそわそわしてしまう。
 大好きなイチゴを食べた時のように、甘くて、酸っぱい思いが広がってくる。

 ねえ、ラグナ。
 これに、意味はあるの?
 この四角い箱の中に、こんなに溢れるほどイチゴばかり入れるのは、どうしてなの?
 聞きたくて、でも聞けない。
 あたし、怖い・・・のかな?
 聞いたら、この気軽な友達関係が、崩れてしまいそうな気がして。
 それなのに、何処かで期待してる。そんな、訳の分からない気持ち。

 やがて、トランルピア湖の小島にそびえるソレッソの花が散り始め、美しい花吹雪と共に強い太陽の光で湖面が輝き出すと、もうすぐこの村には夏がやってくる。
 春も好きだけど、夏も好き。
 この村は、何時だって美しいけどね。
 春も最後となる日の夕方、あたしは何時ものようにラグナの家へ向かった。
 この春の間、ずっとかかさずに入っていたイチゴも、もう明日からはない。
 結局、その意味も分からないまま、夏を迎える事になるのかな?
 聞きたいけれど、聞けないまま。

 畑に行ってみると、相変わらずラグナは忙しそうに、ひたすら畑の水まきをしていた。
 今年の春、一面に植えられたイチゴ畑。それも、今日で見納め。
 大好きなその味と、甘酸っぱい匂いとも、またしばらくお別れだ。
 「ロゼッタさん、こんにちは」
 何時ものように、ラグナが声をかけてくる。
 「こんにちは。今日も、頑張ってるわね」
 あたしも、何時ものように答えた。
 このやりとり、ずっと、二年間も続けてきたのよね。

 ラグナは、ちょっと手を休めると、思いついたように身をかがめて、畑に残っていたイチゴを一つ摘んだ。
 それを持って、あたしの方へ近づいて来る。
 「どうぞ、これは、何時も頑張ってるロゼッタさんに。」
 「あら、ありがとう。あたし、イチゴ大好きなのよね」
 「知ってますよ」
 ラグナの言葉に、一瞬ドキッとした。
 「あんた、なんであたしの好きなもの知ってるの?」
 「それは、ロゼッタさんが好きな人だからです」

 言われて、少し沈黙した。
 と言うか、その意味を考えるのに、少し時間が必要だったのだ。
 ラグナの好きって、考えてみたらよく分からない。
 誰にでも、平気で好きとか、言っちゃいそうじゃない、この人。
 きっとラグナの事だから、全然何も考えず、そういう事を言ったんじゃないだろうか?。
 「もう!」
 多分、からかわれたのだと思ったあたしは、少し怒ったフリをして、そう言った。
 「それより、最近ミストを見ないわね。あんた達、凄く仲良かったじゃない。もしかして、喧嘩した?」
 「ロゼッタさんって、一見冷たそうに見えるけど、本当は優しくておせっかいですよね」
 「どういう意味よ」
 ムッと顔を顰めると、ラグナは困ったように笑った。
 「だって、僕とミストさんの事、心配してくれてるんですよね?作物の事とかも、頼む前から色々教えてくれて、ちょっと気が強そうだから、キツい人に思われがちだけど、本当は他人の事ばっかり考えて、気を使って」
 「そんな事・・・・ないわよ」
 「いい子だなって、ずっと思っていました」
 「いい子って、あんた、あたしの事バカにしてる!?」
 いい子なんて言われて、なんだか腹が立ってきたので、そのまま出荷箱の方へ向かおうとしたのだけれど、ぐいっとラグナに腕を掴まれた。
 「なっ、何?」
 「怒らないで、僕の話し、最後まで聞いてください」
 だって、ラグナが悪いのよ。
 いい女とかならまだしも、いい子なんて、まるで子供扱いじゃない。
 そんなの、嬉しくないわ。
 あたしはもっと、ラグナに・・・・。

 あっ。
 そこまで考えてから、なんとなく全てが合致していくような気がした。
 なんだ、そうか。
 ものすごく、簡単な事。
 あたし、ラグナが好きなんだ。
 この、本当にバカで、バカ正直で、どうしようもないくらいお人好しで、優柔不断だけど、優し過ぎるくらい優しいこの人を、あたし、いつの間にか好きになってたんだ。
 友達じゃなく、一人の男の人として。
 だからきっと、ずっと、この春の間、期待してた。
 小さな箱の中に込められた思いが、あたしと同じであるように・・・って。

 「心配しなくても、喧嘩なんかしてませんよ。ミストさんには、少しお願いして、ここには来ないようにしてもらいました」
 「どういう事?」
 掴まれた腕の力が少し強くて、あたしはちょっと眉を寄せる。
 それに気づいたのか、ラグナは手を離して、少し身を屈めながら、あたしと真っすぐに視線を合わせた。
 「僕の好きな人が誤解をするので、少しの間来ないで下さいって」
 その意味に気づいた途端、顔から火が出るような気分になった。
 それって、あたしの事?
 「ちょっと、何勝手な事、言ってるのよ!あたしは、別にあんたの事なんて・・・」
 ・・・・・・・。
 好きじゃないって、言えなかった。
 だって、分かってしまったから。
 あたしが、あんたを好きな事。
 好きじゃないって言ったら、あんたはきっと本気にするわ。
 あたしの小さな嘘を、今まで本気にしてきたように。
 言葉の裏に秘めた、自分でも気づかなかった思いを。

 「好きよ」
 と、小さな、小さな、本当に小さな声で憮然と答える。
 するとラグナは、
 「えっ?」
 と、聞き返して来た。
 「二度も言わない!」
 言える訳ないじゃない。
 すると彼は笑って、手にしたイチゴをあたしの方へ差し出して来た。
 「どうぞ、僕が丹誠込めて作ったイチゴです。きっと、どんなイチゴより美味しいって、自信があります。あなたの為に、作ったイチゴですから。最後の日まで、あなたが好きなこのイチゴが実ったら、僕の気持ちを伝えようと、そう思っていました」
 差し出された手と、ラグナの目を見つめて、少しため息を吐く。
 ラグナって、結構ロマンチストだったんだ。
 あたしだって、こう見えて、実はロマンスの本なんかこっそり読んじゃってるけど。
 だから、本当は嬉しい。
 でも、素直に嬉しいって言えなくて、どうしていいのか分からなくなる。
 それでも、黙ったまま、彼の手にあったイチゴを一口かじった。
 きっと、あたしの顔も、このイチゴのように、ものすごく真っ赤だったと思う。
 大体、ラグナにそんなに真っすぐに言われたら、冗談にして突っ込む事も出来ないじゃない。

 こういうの、駄目だわ。
 もう、恥ずかしくて、涙が出そう。
 でも、ドキドキする気持ちが、ちょっぴり嬉しい。
 嬉しくて、悔しくて、恥ずかしくて、ドキドキする。
 そんな、相反する気持ち。

 夕日を遮るように、不意にラグナが顔を寄せ来たので、あたしはびっくりした。
 彼の唇の触れた感触に、益々頭が沸騰しそうになる。
 硬直したまま、言葉も返せず、ただその唇が離れるまで、棒のように突っ立っていた。
 そんな自分が、嫌になる。
 あたし、こう見えても、全然恋愛経験少ないんだから。
 今まで、仕事ばっかり頑張ってきたから、彼氏を作る暇もなかったし。
 それに、ラグナが、いきなりそんな事するなんて、想像もしてなかったわ。
 こんな所で、誰かに見られたらどうするのよ!?
 なんか、ラグナじゃないみたい。
 思わず、口を押さえて彼を睨むと、当の彼も真っ赤になっていた。

 「すっ、すいません、僕の作ったイチゴを食べているあなたを見たら、無性に触れたくなってしまって」
 しどろもどろになって言う姿は、何時ものラグナ。
 彼はボリボリと頭をかいて、
 「それに、ロゼッタさんに近づく為には、僕ももっと行動しゃきゃいけないって、そう思ったんです。きっと、待ってても、あなたは振り向いてはくれないでしょ?」
 と、少し照れたような笑顔で言った。
 まだ顔が赤いままなのは、彼も出来る限りの勇気を振り絞った、って事かしら?

 でも・・・・。
 あたしに、近づく?

 何言ってんのよ。
 あんたは、もう十分過ぎるくらい、あたしに近づいてる。
 それどころか、追い越しちゃってるかもしれない。
 こんなにドキドキして、自分じゃどうしようもないくらい、あたしがあんたを好きなのは確かだから。
 ミストにまで、焼きもちやいちゃうくらい・・・・。

 ラグナだって、もう知ってる筈。

 「ソレッソの花は散ってしまったけれど、夏に入ったら、一緒にトランルピア湖まで行って涼みませんか?」
 「いいわね、たまには仕事も忘れて、涼しい所で、のんびり過ごしたいものね。って、それって、デートのお誘い?」
 「はい、そうです」
 やっぱり照れくさそうに笑って、ラグナは手に持っていた、あたしの食べかけのイチゴを、自分の口に放り込んだ。
 それだけなのに、なんだかとっても恥ずかしい。
 ドキドキして、甘酸っぱい気持ちが広がる。
 「いいわよ、楽しみにしてる。自分で言ったんだから、忘れないでよ」
 「大丈夫ですよ、絶対に忘れません」
 少しだけ何時もの調子に戻って、あたしとラグナは笑った。

 約束の日、約束の時間、トランルピア湖でラグナを待ちながら、あたしはラグナがいる時間を振り返る。
 きっとこれからも、全てを赤くする夕日の中で、あたしは何時も通り出荷箱を開け、彼の作ったものをお店に持って帰るんだろう。
 彼は、あたしの店から種を買って、作物を育てる。
 育てた作物を、あたしが回収して、お店で売る。
 なんだか、ちょっといいコンビよね。

 子供の頃から夢みてた、白馬にまたがった王子様は来なかったけれど、それよりもっとステキなものが見つかった。
 だから、それでいいわ。
 あたしお店の種を大事に育てて、沢山の実りをもたらせてくれる。
 何時もそこにある笑顔と、そしてこの箱にこめられた彼の思いが、あたしにとって一番の宝物だと思うから。

 「すみませ~ん」
 時間より少し遅れて、ラグナがやって来た。
 多分きっと、仕事に熱中して、時間を忘れてたに違いない。
 「遅い!!時間に正確なのも、商売人には必要な要素よ!」
 ちょっと厳しく言ったけど、すぐにそれは笑顔に変わった。
 だって、あんたとこうしている事が、楽しくて仕方ないんだもの。
 ちょっと天の邪鬼なあたしだけど、この気持ちは嘘じゃない。

 だから、これからもよろしく。
 ねっ、ラグナ。 


                              END