インサイドスケーティングさんのワールド記事 | siennaのブログ 〜羽生君応援ブログ〜

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羽生結弦選手の現役時代をリアルタイムで体験できる幸運に心から感謝しつつ、彼のスケートのここが好きあそこが好きと書き連ね、ついでにフィギュアにも詳しくなろうと頑張る欧州住まいのブログ主です。

インサイドスケーティングさんが今日アップしてくださったヘルシンキ記事を翻訳させていただきました。もうワールド関連記事は出尽くしたかと思っていたところに定評あるフロレンティーナさんの記事、嬉しいですね。

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愛しい者たち、我々はユヅル・ハニューの偉大さを体験するためにここに集った

ユヅルのプリンスプログラムはスコアの点では必ずしも男子シングルのベストショートプログラムではなかった…でもエネルギーと観客の反応という点ではあきらかにその日の、いや、世界選手権全体のベストプログラムだったかもしれない。ユヅルの「レッツゴークレイジー」の歓声は物凄かった…当然のことだけれど。観客の大多数が見に来たのはこの男だったのだ。白いジャケットに身を包み、ものやわらかに丁重な英語を話す富士山の側にある町から来たあの女性もそうだった。男子SPの始まる前、一緒にアリーナまで向かった私に、友情のしるしとしてユヅルの顔写真のついた冷蔵庫のドア用マグネットをくれた女性だ。その日彼女は狼狽したに違いない。そのカテゴリー終了時、彼女の贔屓選手は5位に終わっていた。だがその2日後にこの日本人選手が「ホープ&レガシー」という名の美しさ溢れるフリープログラムを滑り、フリープログラムの(彼自身の持つ)世界記録を破って二つ目のワールド金メダルを勝ち取った時の彼女は、畏敬の念に打たれているのが見て取れた。

by Florentina Tone/Helsinki


 3月30日ハートウォールアリーナ。プーさんの嵐の下、ユヅル・ハニューはがっかりした様子を見せている。これは彼が思い描いていたワールドのスタートではなかった。フィギュアスケートに革命を起こし続けているこの青年にとって唯一のオプションは完璧であること。…ヘルシンキのショートは完璧ではなかった。

 とは言え、華々しくてクレイジー、文字どおり熱狂と喜びを体現しているようなこのプログラムは、2017年ワールドを代表する瞬間はどれかと考えた時、もう一度見たくなるものであることに間違いない。

あれはギターだったのか、耳をつんざく歓声だったのか

 木曜日午後4時53分、世界選手権2日目。リンクの入り口に集まっていたトップの選手たちが次の瞬間には氷上にいた。ユヅル・ハニューは最終組第6グループの第一滑走者だ。ジャージをまとった彼は一列に並んでいることはとてもできない様子だ。動きたいのだ。選手紹介からさえも逃れて。6分間練習中、彼には切羽詰まった雰囲気がつきまとう。ナーバスになっているのが分かる。

そしてルーチンの時間になる。ブライアン・オーサーと握手を交わし、長年の盟友であり、常に最前列にいるべきプーさんの黄色く柔らかい頭をポンポンと叩く。両腕でフェンスを押し、リンクの中央に向かう。「Dearly beloved, we are gathered here today…」というなんともふさわしい歌詞に合わせ…

 …鳥肌の立つ経験をするために。

 色とりどり、思いを込めたバナーや日本の国旗の後ろにある熱を帯びた多くの顔。17年ワールドにおけるユヅル・ハニューの第1幕に向け、何千人ものファンの準備は整っている。

 メディア席もそうだ。このプログラムは目が離せないため、さっと2、3のメモを取る余裕しかない。それを元に、あとからこの2分50秒の熱い雰囲気を再構築するのだ。


プログラムへと誘い込むユヅルの両腕

クワドループへ向かう時のさり気なさ、飛行、ハートウォールアリーナの空気に浮かぶ紫のキラキラとした回転、そして軽々とスプレッドイーグル。

プリンスの楽曲に合わせ、肩がリズミカルに動く。歓声。叫び声。

クワドサルコーのトラブル、腕を頭上にあげたリカバリーの試み。

比類ないトリプルアクセル。


最後の1分間は興奮のるつぼ。ユヅルがシャウトするように手のひらで口を囲むと、ファンはそれを合図と受け取り、会場の人々が叫び出す。ステップシークエンス、スピン、そしてギターが続く。プログラムは記憶に変わる。



 プログラムが終わると誰かがツイッターに「天気予報:熊のプーさん」と書いた。

 だが、プーさんの下、幸福感が過ぎ去ってみると、ユヅル・ハニューはどちらかというと落ち込んでいるようだ。数歩先のリンクサイドに向かう。そこはブライアン・オーサーとトレイシー・ウィルソンが待つ場所、彼が素になれるところだ。この時点で彼はかなりの失点を覚悟している。それと同時に、パフォーマンス的には彼の持てるものを出し尽くしたことも知っている。「今日滑ることができて、ただ幸せでした」と彼は後ほどバックステージで語った。「全てのジャンプがよかったわけではないが、スケート自体をとても楽しめた」

 2日後、彼はいきなり今年のワールドで最も記憶に残るであろうパフォーマンスをやってのける。「美」、そう呼ぶべきものだ。ショート5位の落胆からどうやって立て直すのか、その戦略について、簡単に答える。「フリー前の練習、全力でやろうとする僕をブライアンが止めた。それが結局功を奏したのだと思う」。それは確かだ。この素晴らしい結果を見れば分かる。「今自分のできるすべてを見せた。僕のいわばホールパッケージを」

王者らしいユヅル

 土曜日午後2時05分。再び彼が最終グループの第一滑走者だ。五感を喜ばせるパフォーマンスが始まる。ユヅルは、彼自身が森の美しい霞であるかのように、木の葉の間を吹き抜けるそよ風であるかのように滑る。このプログラムの背景を知らない者でさえも、その軽さ、柔らかさ、そして途切れのない流れを感じ取るはずだ。

 「今日のパフォーマンスに集中するため、自分が川の中にいると想像した。自然界のことを考えた」

 引き込まれるパフォーマンス。プリンスプロとはかけ離れているが中毒性がある。

 「僕のフリーの音楽はどちらかというと静かでそれほど人々を興奮させるようなものじゃない。でも僕の耳には観客の応援が聞こえていた。特に終盤、スピンからフィニッシュまで、大勢の拍手が聞こえた」

 イナバウアー、そして最後のジャンプであるルッツ。歓喜と興奮の爆発。彼はやり遂げたのだ。パーフェクトプログラムを。フィニッシュポーズの表情が全てを語っている。

 そして大歓声。飛び交う投げ込み。まったくの狂乱。

 こぶしを両頬に当て泣く少女。バッグから次々と小さなおもちゃを投げ入れる人。笑みを顔に浮かべ、何度も小さく「ありがとう!ありがとう!」とつぶやく人。

 誰もが今見たことを信じられないといった様子だ。

 そしてスコアが出る。フリープログラムの世界記録。ユヅル・ハニューは残る力を振り絞って両腕を上に突き上げる。泣き出しそうな顔だ。再び歴史が作られた。彼の自分の記録への挑戦は続くだろう。その後のプレカンで、彼は5回転ジャンプ、そしてクワドアクセルという「語りがたきこと」について語る。もちろん笑顔混じりだが、「空中の5回転は科学的には可能だそうです。だが、ISUは基礎点をまだ設定していない。自分について言えば、クワドアクセルには将来チャレンジしたい。試合で入れることがあるかどうかはわからないが、チャレンジはしたい」と言った。

誰が誰を追いかけているのか

 プレスセンターの絶え間ないシャッター音の中、ユヅルがライバルたちを賞賛する言葉も聞くことができる。「ボーヤンが彼のルッツとクリーンな演技で僕らみんなをプッシュしたのは間違いない。それは人間に可能なんだと。だから今僕たちがこのレベルまで上がってきたのは彼のおかげ」。さらに、五輪シーズンにおける挑戦について聞かれると、「もちろん全員さまざまなことにトライしてくるだろう」。だが、「今回ショートプログラムでは、みんなが知っているようにジェイソン・ブラウンがクワドはないが、とてもいい演技をしてかなりいい順位につけることができた。フィギュアスケートにおいてはクワドがすべてではないということがよく分かったと思う」

 そして、追われる立場というのはどんな気持ちなのかと聞かれた時の、謙虚で浮き足立ったところのない答え。「他の選手が僕を追っていると言われるが、今回ショートでは僕がみんなを追いかけていた。今日はハビエルもパトリックも完璧な演技ができずここにはいないが、ショートではハビエルが1位でパトリックは3位だった。ショーマ、ボーヤン、ネイサンなどの若い選手たちもそれぞれに得意分野がある。だから僕は、それぞれの選手が得意とすることに追いつこうとしています」。彼の右に座っているショーマ・ウノは笑顔でユヅルの発言を聞いている。そして彼自身の率直な意見を伝える。「僕は一生懸命練習してきたが、唯一のモチベーションはユヅルのスケートを超えることだった。それが唯一のモチベーションだった。結局、自分はまだコンプリートパッケージではないと思う。これからも、ただ成長し続け、練習を続けたい」

名物、黄色いテディベア

(写真のキャプション)3月30日、6分間練習開始数秒前。あたかもユヅル・ハニューとウィニー・ザ・プーが2人でショートプログラムの確認をしているよう。実際、今や黄色いテディベアは、ユヅルの盟友であり彼個人のトレードマーク的な存在。ファンも、そうと知って行動している。

 ヘルシンキでの最後の質問の一つは、プーさんに関するものだった。ワールドや他のコンペで受け取る大量(訳注:この部分、原文ではquality(質)とありますが、多分quantity(量)の間違い)の黄色い熊についての質問だ。ユヅルは笑って少し考えると、微笑みながらこう答えた。「自分では(投げ込みを)拾わなかったが、こんなにたくさんいただいてとても嬉しく思います。プーさんの数で自分を応援する人が大勢いることがわかるので」

 事実、ユヅルファンたちはアリーナを黄色く染めた。

 だから、私のヘルシンキの最後のイメージが、月曜日に空港で見かけた2人の女性のスーツケースにぶら下がった一組の黄色いテディベアのペンダントだったとしてもちっとも不思議ではない。それは魔法を分かち合ったしるしなのだ。いや、しるし以上のもの、象徴だ。世界選手権は前の日に終わったかもしれない。だが、ユヅル・ハニューの物語(と彼のファンのコミットメント)が、これからも続いて行くのは間違いない。

以上