椎名林檎さんが「この作品は、体だけ歪に成人した我々のための手引書である」とオススメしている本書…
あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)
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実家暮らしでドラッグストアの店長を務める28歳独身女性が、怯えながら恋をして1人暮らしをはじめ、絶望していくお話の様に感じました。
ですが、ただ絶望するだけではありません。彼女は今までお母さんから守られているという呪縛から離れ、成長していきます。
成長といっても、冒険漫画の主人公のように夢と希望に包まれていく様な温かさではなく、ゆるやかに、生ぬるい沼にはまって行く様な姿でした…。
兄夫婦が実家に帰省することになり、1人暮らしをはじめる事に梨枝は表紙に描かれている赤い、さざんかの花の咲くアパートに暮らすことにし、恋人は蜘蛛を摘んで弾いたり潰したりできる年下の男の子。彼は、梨枝との考え方や感じ方それらが違っていて、はじめは戸惑いながらも接している梨枝でしたが次第に、梨枝へ対する気持ちを受け止めるに従い引かれていく…そこまでは恋愛小説や漫画でよくあるストーリー。
梨枝が彼に物を買い与える様になった所から二人の関係の進展が見えてきました。良くも悪くも二人にはそれがハッピーエンドなのです。
人の性格を形成する中で大切なのは、家庭環境だと言われています。
梨枝は、小さい頃から母親に「みっともない」「だらしなくしないで」そう言われて育ってきた環境のせいか自分に対して自信がなく、その自信は自らが選ぶ決断にも反映されていて今の私とよく似ている。
選ぶのが、決めるのが、怖いのだ。自分の中の正しい事と他人の中の正しいことはちがっていて世間知らずな私よりもきっと世間を知っているであろう人に確認をとる事で安心している。私は間違えていない、正しい選択をしたのだと…。
その確認は自分を安心させるための必要な事ではあるけれど、とても無責任な行為なのだという事に気づかされる。
梨枝と私はどことなく似ている。
だからこそ、沼の中を必死に這い上がろうとしている梨枝の姿は私に重くのしかかってきて読み進めるのが大変でした。1ページ読むのにもドっとつかれてしまい、梨枝の気持ちを汲み取ることも登場人物たちの思いを汲み取ることも途中で止めてしまおうかと思ってしまうほどに…。
読み終えてみると、どこか爽快感のある不思議なお話でした。
梨枝の心理的描写はさざんかを使い、巧みに表現されていてこのお話は私の中で一生残るお話の一つとなりました。
すてきな作品をありがとうございます。
あの人は蜘蛛を潰せない / 彩瀬まる
しの つばさ