先日、New England Journal of Medicine(NEJM)、Lancetという2大臨床医学誌(少年誌で言えば少年ジャンプと少年マガジン)で新型コロナに関する論文の撤回がありました。

論文撤回というのは、一度掲載された論文が諸々の理由によって取り下げになることです。

NEJM、Lancetはどちらも非常に影響力の大きい医学誌ですので、臨床医の間では衝撃が走りました(「世紀末リーダー伝たけし」打ち切りくらいの衝撃)。

 

撤回されたのはどんな論文だったのか

 

 

               DOI: 10.1056/NEJMoa2007621

 

 

撤回されたNEJMの論文(DOI: 10.1056/NEJMoa2007621)

NEJMの方は、新型コロナと心血管疾患や薬剤との関係を検討した臨床研究でした。

           SARS-CoV-2

 

アジア、ヨーロッパ、北アメリカなど11カ国169の病院から8910人の患者が登録され、年齢、性別、基礎疾患、内服している薬剤などについて検討が行われました。

 

重症化のリスクファクター(DOI: 10.1056/NEJMoa2007621)

 

この結果、男性、心血管疾患、不整脈、慢性呼吸器疾患などの持病があることが重症化(病院内死亡)のリスクとなり、一方でアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)、アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB)という種類の降圧薬は重症化のリスクにはならないということが分かりました。

アンジオテンシン変換酵素 

 

     アンジオテンシン変換酵素 阻害薬(ACE阻害薬)

 

血圧を上げたり下げたりするのは、レニン-アンギオテンシン系と呼ばれる体内のシステムですが、このレニン-アンギオテンシン系を調整し血圧を下げる作用を持つのが、ACE阻害薬、ARBと呼ばれる薬剤です。

これらの薬剤を内服している人ではACE2の発現が体内で増加することから重症化しやすいのではないかという議論が行われていました。

しかし、この論文では「ACE阻害薬とARBは重症化のリスクファクターではない」という結果であり、皆一安心というところでしたが、5/4になってこの論文は撤回されてしまいました。

ちなみに、この論文以外にもACE阻害薬とARBは新型コロナの重症化と関連しないという報告はいくつも出ていますので、幸いこの論文が撤回されても新型コロナの医療の方針に関して大きく変わるわけではありません。

   

https://doi.org/10.1016/%20S0140-6736(20)31180-6

 

撤回されたLancetの論文(https://doi.org/10.1016/%20S0140-6736(20)31180-6)

Lancetの方はクロロキン、ヒドロキシクロロキンという新型コロナに対する治療薬に関する観察研究でした。

こちらも世界中の6大陸、671の病院で登録された96032症例での検討という、非常に大規模な研究です。

クロロキンは抗マラリア薬、その類似体であるヒドロキシクロロキンはSLE(全身性エリテマトーデス)などに使用される薬剤ですが、実験室レベルでは治療効果が期待されていました。またトランプ大統領が予防薬として内服しているということでも話題となりました。

しかし、この研究ではクロロキン、ヒドロキシクロロキンが死亡リスクを増やすという結果でした。

 

a) Chloroquine and (b) hydroxychloroquine. | Download Scientific ...

                Chloroquine, Hydroxychloroquine

 

これにより、クロロキン、ヒドロキシクロロキンは新型コロナの治療薬の選択肢としてほぼ消えかかってしまいました。

たとえば日本国内でも日本感染症学会の「COVID-19 に対する薬物治療の考え方 第4版」では、第3版まで記載されていたヒドロキシクロロキンの項目が消えています(筆者も編集に関わっています)。

世界保健機関(WHO)もこの論文の結果を受けて、臨床試験でのヒドロキシクロロキンとクロロキンの使用を一時中断しています。

この論文の影響は決して小さくはないと言えるでしょう。

しかし、この論文も6/4に撤回されてしまいました。

なお、このヒドロキシクロロキンについても、他に「治療効果なし」という報告が立て続けにメジャー医学誌(BMJNEJM)に掲載されていたことから、大勢としてはヒドロキシクロロキンは使用されない方向になっています。

この辺りの「結果が他の論文と比較しても大きく乖離していなかったこと」も不正が気づかれにくかった理由の一つかもしれません。

 

 

忽那賢志感染症専門医

 

感染症専門医。2004年に山口大学医学部を卒業し、2012年より国立国際医療研究センター 国際感染症センターに勤務。感染症全般を専門とするが、特に新興再興感染症、輸入感染症の診療に従事し、水際対策の最前線で診療にあたっている ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません

 

          忽那賢志

 

新型コロナ 英文誌での論文撤回 ここから私たちが学ぶべきこと(忽那賢志 | 感染症専門医)

https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200606-00182086/

 

Sapan S Desai

https://www.researchgate.net/profile/Sapan_Desai

Dr. Sapan Desai, MD, PhD, MBA - Surgery - Arlington Heights, IL

 

Surgisphere

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忽那 賢志

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一流医学誌で論文撤回~新型コロナウイルスの研究に何が起こっているのか(榎木英介)
榎木英介の記事一覧 - 個人 - Yahoo!ニュース
           榎木英介
 
和田秀樹氏「日本の医学界は宗教団体のよう」薬は押し売り状態、だから医者は飲まない(東洋経済)

https://toyokeizai.net/articles/-/97488

 

エビデンス主義―統計数値から常識のウソを見抜く(和田秀樹)

 
 
和田秀樹

 

 

中村祐輔の「これでいいのか日本の医療」

http://yusukenakamura.hatenablog.com/

   中村祐輔
PROF. YUSUKE NAKAMURA, CHICAGO UNIV., TOKYO UNIV. 1952.12.8.
Yusuke Nakamura is a Japanese prominent geneticist and cancer researcher best known for developing Genome-Wide Association Study. He is one of the world's pioneers in applying genetic variations and whole genome sequencing, leading the research field of personalized medicine.
https://en.wikipedia.org/wiki/Yusuke_Nakamura_(geneticist)

 

上昌弘(医療ガバナンス研究所理事長・医師) PRESIDENT ONLINE

https://president.jp/list/author/上%20昌広

    Dr. Masahiro KAMI, M.D.