新緑も少し落ち着いた、柔らかな緑が広がるなだらかな丘陵の片隅に。
診療所を兼ねた青い屋根の一軒家が建っていた。
特別に混雑している訳ではないが、途切れることなく患者が訪れる。
今は流行るような病が少ない季節だから、のんびりと診察時間が過ぎていく。
ヤマトに近い気候の町だから、この季節は続けざまに雨が降る。
それがより、今日の患者の足を鈍らせているようだ。
いつもより訪れる患者が少ない診察室では、ソウシがカルテにペンを走らせる。
薬棚の前では、薬瓶の整理をする○○の姿があった。
雨垂れが大きく取った庇に当たって、木琴のように音を立てる。
風に煽られて強弱をつけて、外を見ずして荒天を知ることが出来る。
こんな天気では、余程のことがない限り患者は来ないだろう。
むしろ重病人が外出できずに困っていないだろうか…声にはしないが、二人の心配は同じだ。
それでも雨に閉ざされて、久し振りの二人の時間というのも悪くない。
少し嬉しくなって、○○は小さく笑い声を漏らした。
「ん、どうしたの○○?」
手を止めてソウシが振り向く。
○○は弾かれたように飛び上がって、ソウシを見返す目はまん丸だ。
「あ、あれ、私何か言いました?」
「笑っていたよ」
ソウシは優しく笑う。
○○は恥ずかしくて頬を染める。
「…患者さん来ないなって思って」
「病人はいない方がいいけど、医者としては商売上がったりだ。
因果なもんだね」
「苦しむ人は少ない方がいいもんね」
病気や怪我で苦しむ人は少ない方がいい。
医者が暇な方がいいなんて、本当に平和な証拠だ。
二人でいる時の、そんな穏やかな空気が。○○は好きなのだ。
「このまま患者さんが来ないなら、早めにお昼にしましょうか?」
「いいね、ゆっくりしたいね」
食事の支度は○○の担当。
一緒に暮らすようになって、二人でそう決めた。
ソウシが調理すると、うっかり薬草を入れてくれたりするし。
食べてから「あ…失敗した」と顔をしかめるのはイヤだから。
心を尽くして○○が用意する。
ソウシの健康を気遣い、二人の時間を大切にする為に。
窓から空を見上げて、○○はソウシに声をかける。
「外で食べませんか?」
「雨だよ?」
カルテから顔を上げて、不思議そうにソウシが答える。
その表情が微笑ましくて、○○は優しい気持ちになる。
でも今は少しだけ得意げに、雲の動きを読んでみせようと思う。
「支度が出来るまでに、止みますよ。
雲を見たら分かるんです」
海の上で培った、天候を読む特技は健在だ。
ソウシは笑って黒髪を揺らしながら頷いた。
「○○ちゃんが言うなら間違いないね。
久し振りの青空を楽しみに待ってるよ」
張り合いが出たと、嬉しそうな顔をするソウシに。
その微笑みに吸い込まれそうになって、慌てて頭を振って○○は我に返る。
下ごしらえは済ませてある、いつもより手の込んだ豪華なメニューにしよう。
だって今日は特別な日だから。
シチューを煮込む間に、屋根付きのデッキでテーブルにチェックのクロスを掛ける。
風が吹いてもう雨雲は東の空へ遠ざかっている。
やがて西から雲が切れるだろう。
目測通りの天気の移り変わりに、○○は小さく頷くと、手際良く二人分の食器をセットする。
「予想通り、雨が上がったね」
医務室にまでいい匂いが漂ってきたら、呼ばれるまで待てないソウシがやって来る。
その頃には彩り豊かな料理がテーブルに溢れていた。
「わあ、豪勢だね!」
目を丸くして、ご馳走を見回す。
ーー今日がどんな日だか、忘れちゃってるんだから。
いつも自分のことより人のことを優先。
そんな人だから自分のことは覚えている筈もなく、豪華なランチに心当たることもない。
美味しそうだねと喜ぶソウシの顔が見られて、○○も満ち足りていく。
風が湿気を払って、吹き抜けていく。
さやさやと風の後を追って草の波が走っていく。
次第に雲間から青空が見えてくる。
ゆっくりと草原に日が差して、日向が広がっていく。
雨で濡れた草原が、日差しを浴びて輝くのは。
二人の目には見慣れた筈の光景が、生まれたての世界のように映る。
「本当に美味しいね、今日は何の記念日だい?」
呑気にそんなことを言うソウシに、可笑しいやら呆れるやらで。
笑ってしまう○○に釣られて、ソウシも不思議そうに微笑む。
「…あ!」
「え?」
○○の声に驚いて振り返ると。
見覚えのある懐かしい五つの人影が近づいて来る。
「船長ーっ!」
○○が椅子から立ち上がり、手を振ると。
「よお○○!
ソウシ、元気か!?」
相変わらずよく響く、リュウガの声がこだまする。
「え、えっ?」
ソウシの目が真ん丸だ。
「ソウシ先生、お誕生日おめでとうございます!」
「えっ、誕生日?」
トワの言葉に、ますますソウシの目が丸くなる。
とうとう○○が腹を抱えて爆笑した。
「やっぱり忘れてる〜っ!」
机に突っ伏して涙を流して大笑いする○○と、突然現れたシリウスの仲間達にソウシの目が交互に注がれる。
そして破顔一笑、○○と一緒に笑い出した。
「そうか、私の誕生日だった!」
テーブル越しに○○を引き寄せ、頬ずりする。
「こんなに素敵なご馳走、ありがとう!」
「や、やめてよ、みんな見てる!」
「俺達に構わずやってくれ!」
豪快に笑う船長と、はしゃぐ二人を見てみんなが笑う。
ナギの手料理とシンが選んだワイン、沢山の土産がテーブルに並ぶと、海賊達の宴の始まりだ。
「もう…ここは診療所だよ?」
「まあまあ、今日はセンセイも休業ってことで!」
ハヤテが笑いながらソウシの肩を押して座らせる。
ソウシは困った顔をするが、海賊達はお構いなしだ。
ーーでも、ソウシさん嬉しそうだな。
仲間に囲まれてこの世に生を受けたことを祝福される。
ソウシにとってこんな喜びが他にあるだろうか。
ーーありがとう、みんな。
今、ソウシさんはみんなに囲まれて幸せです。
ーー生まれてきてくれてありがとう、ソウシさん。
あなたに出会えたことに感謝しています。
どんなに雨の日が続いても、厚い雨雲の向こうには青空が広がっているのだと。
雨が上がるたびに眩しい青色に驚かされる。
雨の日には二人でゆっくり、晴れたなら外へ出よう。
一緒ならどちらでもきっと幸福だと思えるから。
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ソウシさん!
お誕生日おめでとうございます(⌒▽⌒)
梅雨の時期にはソウシ誕。
今年のそらみのソウシさんは、ヒロインと船を降りて暮らしています。
ヤマトにも近い、よく似た気候の島で。
医者として島民の信頼を得て暮らしていることでしょう。
シリウスは今も何処かで航海を続けているのでしょうか?
そんな仲間達の集まれる居場所にもなっている、二人の住まいはそんな優しい場所になっているといいと思います。
医師として日々精進することと、ヒロインと暮らす幸福以外には無頓着なソウシさん。
誕生日なんてカルテに書いてある患者の誕生日の方が頭に入っているくらい。
ヒロインとしては何ともヤキモキしてしまうところですね。
もっと自分を大切にしてほしいと思うところです。
でもね、ソウシさんだけは分かっています。
自分が気付かなくても、ヒロインがソウシさんを大切に思っていることを。
でも、ヒロインに心配をかけないのも大事だよ!
お幸せにね☆-( ^-゚)v