翌朝は、例の韓国人の女の子が起きるよりも早く起床して、午後も早い時間に宿を出た。今日は大事な会議があるんだと、うきうきした調子で話す彼女に、good luckと声をかけてから、わたしも足取り軽くニューヨークの朝へと繰り出した。




朝のセントラルパークは昼間とはまた違った活気に満ちていた。今日も天気がいい。わたしはコーヒー片手に出勤していくビジネスマンたちと並んで歩きながら、小さく鼻歌をうたった。

セントラルパークを30分歩いたところで地下鉄に乗った。朝の地下鉄は混んでいて、さすが世界一のビジネス街ニューヨークだなと思った



地下鉄の42 street 駅で降りる。地上に出るとそこはまさにマンハッタン!といった趣になっていて、道いっぱいをうめた車のクラクションが激しく、建物と車の間を埋めるように人がびっしり歩いていた。

「おー。都会だ。」

わたしは田舎から出てきたお上りさんよろしく、キョロキョロしながらタイムズスクエア方向へ歩いていった。9th Ave を北に向かってセントラルパーク方面に歩き、適当なところで右に曲がった。8th Aveを渡ってさらに進み、ブロードウェイにぶつかる。そこで右に折れてブロードウェイをダウンタウン方面へと進んでいった。




タイムズスクウェアが近づいてくると、周囲のビル広告がどことなく忙しくなってくる。巨大な看板やデジタルサイネージが目立ちはじめた。気がつくと、それまでいろんな方向に流れていた人が、いまは皆一様に同じ方向、つまりタイムズスクエアに向けて、大きな流れとなって歩いていた。

わたしはその波に半ば流されるように歩きながら、ジェットコースターのクライマックスに近づいているような興奮を感じていた。




ブロードウェイを5分ほど進むと、タイムズスクウェアの広場に出た。中心に階段上のベンチがあって、そこには多くの人が座り、広場の横にあるマクドナルドで買ってきたのだろうか、ハンバーガーやらサンドイッチやらを頬張っていた。階段の前の広場は多くの人でごったがえしていて、パシャパシャと写真を撮っていた。



わたしは少しの間、遠巻きにその様子を眺めていた。喧騒を遠巻きで眺めるというのは昔からのわたしの趣味の一つだ。日本企業の広告が意外と多いことに驚きながら、写真で見たままの光景を素直に楽しんだ。交通量も、人々の熱量も、360度囲まれた広告の情報量も、なにもかもが膨大でtoo much。世界有数の観光地マンハッタンの求心力をこれでもかというほど、わたしは感じていた。



その後、自分も広場に出て、近くにいたアジア人のご夫婦に写真を撮ってもらってからタイムズスクエアをあとにした。チカチカした広告の残像がしばらくわたしの脳裏に漂い続けていて、それを振り払うかのようにダウンタウンの方へあてもなくとぼとぼ歩いて行った。ミュージカルシアターの横を通り過ぎ、エンパイアステートビルを横目に歩き続け、貿易センタービル跡地まで歩いた。



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2001年、当時わたしは12歳だった。あのときのことはいまでも鮮明に覚えている。夜10時頃、お風呂から出てきたわたしは濡れた髪を乾かしながら、居間にいた。父と兄が興奮してテレビにかじりついている。テレビでは二棟のビルが燃えていて、その原因になった飛行機がビルに突っ込む瞬間の映像が繰り返し流されていた。

「これはきっと歴史になる。」

翌日、学校で先生が言った。その言葉と先生の表情をいまでも鮮明に思い出すことができる。教室の壁にかかっている歴史年表の一番後の欄を指差して、昨日の出来事は近いうちにあそこに追加されるだろうと。

自分がはじめて「歴史」というものをリアルに感じた瞬間だった。と同時に、歴史のなかの一人の人間として自分も生きているんだと強く思った。そして、豊臣秀吉も織田信長も北京原人もみんな生きていたんだなと思った。歴史って「在る」んだなと思った。


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わたしは貿易センタービル跡地のモニュメントの前に立ちながら、15年前の記憶を思い出していた。貿易センタービルがあった場所には下に深い四角い大きな噴水のようなものがあって、黒い大理石かなにかで作られたそのモニュメントの側面にはびっしりと犠牲になった方の名前が彫られていた。


モニュメントの周りにはそれはもう多くの人が二重に輪を作るように群がっていて、写真を撮る人、目を閉じて祈りを捧げる人、知人なのか同じ名前のところを何度も手でさする人など、様々だった。わたしはモニュメントを眺め、そこに集った人々を眺めながら、しばらくそこにじっとしていた。人々のひそひそとしたささやき声と、遠くに聞こえる喧騒、水がモニュメントを流れ落ちる音などが混じり合って、とても不思議な空間だった。



その場所はそれと知らなければ、ただの都会的で綺麗なオフィスビル街の一等地だった。すぐ隣には新ワールドトーレードセンタービルが点を突くように建っている。正直、そこにあの事件の面影をなにか感じることができるものはなかった。きっとこれが歴史になるということの一つの意味でもあるのかなと、ぼんやり思った。





貿易センタービル跡地を出てからは、適当に歩いて見つけたスターバックスで休憩をとった。グランデサイズのカフェラテを注文して席につくと、周りはMacのパソコンをカタカタしているビジネスマンやおしゃれな学生?ばかりだった。東京の中心地と対して変わらない光景のなかで唯一違っていたのが、隣に座った人が気軽に話しかけてくることだった。



「ちょっとパソコンの使い方教えてくれない?」

となりに座っている老紳士が話しかけてきたのはわたしが席について間もなくのことだった。


「画像の取り込み方を知りたいんだけど。。。」

そう言って、困り顔でわたしのパソコンの画面を覗き込んできた白髪の紳士は近くで画廊も経営している画家で、カメラで撮った自分の絵の写真をパソコンに取り込んでHPにアップをしたいとのこと。

わたしは拙い英語ながら身振り手振りを交えて、紳士にSDカードの読み込み方と画像の保存の仕方などを教えてあげた。というか、ほとんどやってあげた。



操作が一通り終わると、老人は感激してthank you と深々とお辞儀をした。それも何度も。その低姿勢になんだかこちらも恐縮してしまって、わたしもお辞儀を返した。マンハッタンのスタバの片隅で、汚いGパン姿のアジア人女と、ブランドもののスーツで決めた白人老紳士が、二人でお辞儀合戦を繰り広げる形となってしまった。


「よかったら遊びにきてください」

そういって、カラフルなポストカードをわたしに手渡してから、彼はすっと席をたってスタバを出て行った。彼の作品が表に、裏には連絡先が書かれたポストカードだった。




窓の外を、ギターを抱えたドレッドヘアの男が通り過ぎる。斜め向かいの学生風の若者はパソコンでなにかグラフィックアートのようなものを作っていた。


「アートだ、ねぇ。」

ここから少しいったところに有名なギャラリー街があるというのを、昨日の雑貨屋のおばさんが言っていたのを思い出す。芸術という言葉がこんなにもなじむ街もあるもんかと、わたしは目の前を通り過ぎていくアーティストたちを眺めながら思った。





夕方4時頃になってわたしはタイムズスクエアに戻った。先ほどのアーティストたちに触発されたわけではないけれど、せっかくニューヨークに来たのだから、今夜は本場のブロードウェイミュージカルを見ようと思っていた。



タイムズスクエアの広場にある階段の下は、ブロードウェイで公演されているミュージカルの格安販売所となっている。毎日15時からオープンするそのチケット販売所は、当日分の売れ残っているミュージカルのチケットを低下の半分程度の値段で買うことができた。


当日カウンターが開くまで、どのミュージカルが販売されているかわからないのだけれど、前日確認したときにはけっこー有名どころも売りに出されていたので、せっかく来たんだから思い出にと、挑戦してみることにした。




販売所に行くと、長蛇の列ができていた。販売所の横にある電光掲示板にはその日に売り出されているチケットが一覧になっていてLes Misérablesやオペラ座の怪人、スクールオブロックなど、有名な公演も50%引きで販売されていた。


見た目にはかなりの長蛇の列だったけれど、ならんで見ると以外とスムーズに列は進んだ。30分も待たずにわたしはカウンターのおじさんと話すことができた。




「Les Misérablesを一枚。」

わたしがマイク越しにそういうと、ちょっと小太りの優しそうなおじさんは、よしきた!、といってパソコンをカタカタしだした。そしてすぐに、「ほら、いい席が用意できたよ!右のブロックの前から10列目だ。この値段でこれはお買い得よ!これでいいかい?!」とかなりテンション高めで返してきてくれた。



多少、予算オーバーではあったのだけれど、おじさんのテンションとニューヨークにいるという高揚感がわたしを「yes」と即答させた。80ドル。貧乏バックパッカーのわたしにとっては結構な出費だ。カウンターを出たあと、チケットを握りしめながら多少、自分の即断に後悔したのだけれど、午後7時半に劇場の席についたときには、おじさんに心の中で感謝した。それはもう盛大に。





ブロードウェイの中心地に位置するシアターはとても格式ある趣で、正装したご婦人も多く見受けられた。きれいなドレスやスーツ、お洒落した白人たちの中を、きっったないGパンとTシャツ、スニーカー姿で乗り込むのは勇気がいったし、正直恥ずかしかったのも事実なのだけれど、「芸術たるもの、垣根なく開かれたものであるべし」と心の中で大口叩いて抵抗しながら、そして堂々としているように見えるよう祈りながら、シアターの中へと入っていった。


チケット売りのおじさんがいうように、それは本当にいい席だった。そんなに大きくないシアターの中で、さらに舞台から近い一階席。ミュージカルやミュージカル映画は大好きだけれど、劇場に足を運んだことは数えるくらいしかなかったわたしは、ひそひそと興奮したささやき声の中、一人、やっとのことで興奮が爆発するのを押さえ込んでいた。





つづく。



カイワレ



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