◇ すっぱい葡萄 ◇ | 清瑩塾

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清瑩(せいえい)とは、“清く輝くさま”を意味する。

 こんにちは。はじめまして。このコーナーを新しく担当させていただきます私は、青氷冷恋(あおごおり・ひやこい)と申します。氷の一種ですから、ひやこいというわけです。もう覚えていただけたのではないでしょうか^^;


では、とりあえず下の絵を見ていただくことにしましょう。なお、この絵は梶田半古という方が書かれたという「狐と葡萄」の絵です。


狐と葡萄


狐(キツネ)が葡萄(ブドウ)を見上げ、その葡萄をなんとか取ろうとしている様子が描かれています。
 この物語の原文に忠実な翻訳として、岩波文庫版の『イソップ寓話集』15「狐と葡萄の房」(山本光雄訳)には次のように書かれています。
 「或る飢えた狐が葡萄棚から葡萄の房の下っているのを見た時に、それを手に入れようと思いましたが、できませんでした。そこを立ち去りながらひとり言を言いました。『あれはまだ熟れていない。』」
 要するに、お腹を空かせた狐が美味しそうに実った葡萄を見つけ、それを手に入れたいと思って飛び上がっても葡萄の房には届かず、あきらめて帰るときに捨てぜりふとして「あれはまだ熟れていない」と言ったということです。
 原文はたいへん短いものなのですが、「熟れていない」の部分を「酸っぱいに違いない」と、言いまわしを変えたり、さらに色々と尾ひれを付けて物語を長くしたものが、ちまたにはあふれています。


さて、この俗称「すっぱい葡萄」は、子どもの情操教育として、心理学では防衛機制・合理化の例として、ビジネスマンにはものの考え方の例として引用されていて、たいへんな有名なものになっています。


まず、子どもの情操教育ではどのように結論づけられていることが多いかといいますと、「このように自分の力が足りないせいで出来なかったことを悔しがって言い訳することはカッコの悪いことです」というかんじに解説されています(^o^)。
 英語圏でも「すっぱい葡萄」「Sour Grapes」は、「負け惜しみ」を意味する熟語として使われているそうです。
 いやぁ、面白いですね(^o^)。もともと自分が価値を見出していたものが手に入らないとわかると、手のひらを返したように「価値など無い」と180度転換するわけですが、そのような人は実際にいますね。あるいは、上手くいかなかったときは全て他人のせいにして、自分の力不足のせいにはしない人がいます(^^; これもサワー・グレープスです。かっこ悪いです。じっくり考えて、葡萄を手に入れる方法を編み出したいところです(^^)


次は心理学ですが、心理学者のフロイトが、このイソップ寓話を引用して、防衛機制・合理化の例としたということで、「すっぱいブドウの理論」とも呼ばれています。
 人間はいろんな欲望を持ち、もう少し短い時間のスケールでは様々な動機(欲求)が発生しますので、それを解消するための行動を起こすことになります。ところが、その行動の発現が妨げられたり、その行動の遂行が阻止された場合には、欲求は満たされませんので、不快な緊張状態が生じます。このような状態は、心理学的にはフラストレーション(欲求不満あるいは欲求阻止)と呼ばれます。
 フラストレーションの状況が生じているときには、人間は次のような3種類の反応を起こします。
 一つ目は、「対処行動」です。これは、欲求充足の妨げになっている障害を合理的に除去する行動です。いわば正攻法ですし、大人の行動でもあります。捨てぜりふを吐いて価値観を転換させるのではなくて、葡萄を手に入れる方法をじっくり考え、実際に葡萄を手に入れることに相当します。
 二つ目は「防衛機制に基づく反応」です。対処行動がとれない場合、その不快な感情自体を弱めたり、避けたりすることによって、心理的な安定を保とうとする反応です。これが「すっぱい葡萄」の狐のやり方になるわけです(^o^)。別の言い方をしますと、叶えられない願望を諦めるときに、その対象の価値を低く見積もることで、自分の行動を合理化する方法になります。もちろん、これでは本来の目標は達成されませんが、フラストレーション状態を一時的にしのぐことができるというわけです。
 三つ目は「不適応反応」と呼ばれるもので、何らかのものを攻撃したり、意味のない行動に固執したり、以前の未熟な段階の行動へ逆戻りしたり、全く無反応になったりすることです。まぁ、「むしゃくしゃしてヤッタ」などの犯罪に至ることもありますから、たいへん危険な反応でもあります。


次に、ビジネスマンのものの考え方ですが、これは先ほどの心理学の延長線上の話になります。きっちりと仕事をこなすためには、一つ目にあげた「対処行動」をとる必要があります。ところが、二つ目にあげた「防衛機制に基づく反応」、すなわち「すっぱい葡萄」の行動をとることは、あくまで自己防衛になるだけです。目的達成が難しくなってきたとき、目的のものを無意味なもの、更には悪いものだと自分勝手に決めつけ、それを目的から削除してしまう行動です。これでは組織の目的が達成できませんね(^^; 三つ目の「不適応反応」、すなわち他のものを攻撃したり無視したりすることは、ビジネスの世界ではあり得ません(^^; ライバルと正当な競争をすることは良いでしょうが、ライバルをけなしたりすることは大人の行動とはいえません。ですから、大人の仕事の世界では、すっぱい葡萄を多用することも、できるだけ避けたいということになります。


最後に、脳科学的に分かってきたことをちょっと紹介しておきます。簡単に言うと、好きな食べ物をあきらめるという行為は、実際にその食べ物に対する好みが減少してしまうという事実が明らかになってきたことです。このことは、永遠に葡萄を採ることができなくなった狐は、本当に葡萄を美味しいと思わなくなるということになります。
 この現象は食べ物だけではなくて、手に入りそうにない物、実現できそうにないものに対する価値観も、時間経過と共に減衰していくということです。だからこそ、最初は満たされないと思っていた生活や環境や境遇にも、期間が経つと満足できるようになるのでしょうね。住めば都というのもそういうことなのでしょう。


生き方は人それぞれでしょうが、自分の脳の活動様式は、普段の考え方の特徴や癖によって、後天的にどんどん変化していくと思われます。ですから、時々、自分の思考の癖を見つめ直してみたいですね(^^)


By 青氷冷恋