13.2 日本は韓国に賠償金を支払ったからそれでいいのか?2)-2

(「従軍慰安婦問題」決着ーー泥さんが、右派のウソを元から断つ.に対する批判)

 泥さんは、日韓請求権協定の経済協力金(5億ドル)が賠償・補償金として支払われた結果、完全かつ最終的に解決されたと言われているが、慰安婦の被害に個人請求権は消えていないと主張している。日韓基本条約・請求権経済協力協定締結後の国会質疑で確認されといるとして会議録を引用している。

 前稿で示したように日韓請求権経済協力協定は、賠償や補償のテーマでなく双方に残した財産の整理と請求の問題である。交渉記録によれば、韓国側は慰安婦が稼いだ資産を請求項目に入れていたが、日本側の個別支払い提案に対し、韓国側が国内で個別支払いを行うとして一括支払いを求めた。しかし、双方の請求をまとめて相殺し、個別支払いはそれぞれの国で行うことにした。

 韓国政府は下記の法律を制定し経済協力金のなかから個人請求を補償することとした。

日弁連「韓国の法令・裁判例・その他資料」
 (1)請求権資金の運用及び管理に関する法律(1966年2月19日施行)
 (2)対日民間請求権申告に関する法律(1971年3月21日施行)
 (3)同施行令(1971年4月14日施行)
 (4)対日民間請求権補償に関する法律(1974年12月21日施行)

 

 対象は、日本国政府或いは政府系機関が発行した銀行券と有価証券、預金、保険、海外送金、郵貯、簡保などである。上記法律のもと、下記のように形だけでも個人請求を受け付けたとされている。郵貯も含まれているので文玉珠さんも請求する機会はあったが、韓国政府の公告が一般大衆には見えなかった可能性がある。公告を見て請求したとしても、1971年時点では新円になり、泥さん計算の大卒初任給の半額程度にしかならない。

JICA「対韓無償資金協力および技術協力に関する調査報告書」(19頁)

(3)民間人に対する補償
 無償資金の使用で 注目されるのは 、民間人に対する補償である。 「財産および請求権問題解決ならびに経済協力に関する日韓協定」によって「日韓両国は、両国及びその国民の財産・請求権に関する問題が、(中略)、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」(第1条1項)としている。 これを受けて韓国政府も民間人に対する補償は政府が行うこととし 、1971年1月、「対日民間請求権申告に関する法律」を制定した。

 韓国 政府はこの法律にしたがって、国民に対し、1945年8月15日以前に日本の金融機関預貯金、日本銀行券、日本政府発行または保証の債券その他で 、日本国または日本国民に対して請求権を保有していた者、および日本国によって軍人、軍属、または労務者として召集または徴用され1945年8月15日以前に死亡した者の遺族など、政府が定める条件に該当する者は、1971年5月から 1972年3月の間に対日民間請求権の申告をするように公告した。

 その結果、第11表のとおり財産関係で9万7753件、被徴用死亡者で1万1787件、合計10万9540件の申告があり、財産関係の申告金額は約16億3700万円であった。しかし、適格性を欠くといったことや、または証拠が不十分である等の理由で、補償支給が決定されたのは9万3685件であった。また政府は、1974年12月に「対日民間請求権補償に関する法律」を制定し、金融機関や団体が所有する大口の請求権9件、約13億9200万円は補償しないこととしたため、補償金額は約2億1900万円分のみが認定された(支給が決定した申告金額を件数で割ると、筆者試算で1件当たり平均 2,342 円と なる)。

 その結果、財産関係での補償金の支給決定額は、わずか66億4100万ウォン(1975年の為替レート1ドル=484ウォンで試算すると 1,372万ドル)にとどまった。また、被徴用者関係では、9,546件のみが支給対象と決定され、補償金額は28億6100万ウォンにすぎなかった。補償金の額は、韓国軍や郷土予備軍の兵士が作戦中に死亡した際に支払われる一時金30万ウォンが適用された。補償金の支給は、1975年7月から開始され、基本的には1977年6月末までの2年間で終了した。(以上は、『請求権資金白書』 56~59ページ、および崔永鎬「韓国政府の対日民間請求権補償過程」、『韓日民族問題研究』( 1975年)参照。)

 なお、この実績に関しては、韓国内でとくに議論のあるところであり、請求権資金に対する批判的な論調の論拠の一つとなっている。その背景として、①1961年の第6回日韓会談の中で韓国側が主張した数字、補償の対象者となるべき被徴用者総数約103万人、民間請求権総額3億4400万ドルと、韓国政府が決定した実際の支給者数、支給額との差異があまりにも大きかったこと、②最終的に補償対象が死亡者に限定され、負傷者などが除外されたことなどが指摘されており、インタビューした韓国の専門家のなかでも、請求権資金は初期経済発展の起爆剤的な役割をしたが、戦後処理の問題の解決には問題を残したとの見方が尐なくなかった。


「個人請求権は消滅していない」

 泥さんは、国会答弁の「(国家としての)請求権並びに外交保護権の放棄を行ったが個人請求権を放棄したのではない」を取り上げ、「韓国民の賠償請求権があることを政府が答弁している」と断定する。賠償ではなく財産の請求権であると訂正したい。そして下記のように政府答弁をまとめているのは、ほぼ正しい。付け加えれば韓国民と日本国民、韓国と日本と言葉を入れ替えると双方向の関係になる。

1)日韓協定は外交保護権を放棄しただけである。
2)韓国民の請求権を日本の法律で消滅させたものではない。
3)「請求権」について韓国人が日本の裁判所に訴訟を提起することができる。
4)右の場合に請求が認められるか否かは裁判所が判断することである。

 泥さんの引用した国会会議録は柳井政府委員の発言の切り取りになっているので、正確な理解のため主要な答弁を書き出す。

1991年8月27日 参議院予算委員会
清水澄子議員(社会党)の質問
 「韓国からの強制連行者、元軍人軍属、サハリン残留者、元戦犯などから補償あるいは未払い賃金の支払い請求の運動が起きている件」

柳井俊二外務省条約局長

 いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。

 その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」

 「私ども、従軍慰安婦の問題につきましては、労働本省でいろいろ調査をいたしましたけれども、資料等がございませんでした。さらに、当時の勤労局あるいは勤労動員署で働いていた人につきましてもいろいろと聞いてみましたけれども、こういった方々の話でございますと、全く従軍慰安婦問題というものにはこれらの機関は関与していなかったということでございまして、私ども、そういうことになりますと、全くこの状況を把握する手だてがないということでございまして、政府が関与していたか否かを含めて状況を把握できないということでございます。」

 「いわゆる朝鮮人徴用者等に関する名簿入手についての協力要請があったことは、これは労働省を中心に名簿調査を行っておるところでありますし、その結果、これまで九万人分の名簿を確認し、そのうち韓国政府への提出について保有者の了解が得られたものの写しを、本年三月五日、外務省が韓国側に提出したどころであります」

1992年2月26日衆議院外務委員会
土井たか子議員の質問
 「ここで「完全かつ最終的に解決」とおっしゃっていることは、いわゆる個人の請求権そのものを否定してはおられませんね。」

柳井俊二外務省条約局長
 「この条約上は、国の請求権、国自身が持っている請求権を放棄した。そして個人については、その国民については国の権利として持っている外交保護権を放棄した。したがって、この条約上は個人の請求権を直接消滅させたものではないということでございます。」

 「その国内法によって消滅させていない請求権はしからば何かということになりますが、これはその個人が請求を提起する権利と言ってもいいと思いますが、日本の国内裁判所に韓国の関係者の方々が訴えて出るというようなことまでは妨げていないということでございます。」

 「日韓間においては完全かつ最終的に解決しているということでございます。ただ、残っているのは何かということになりますと、個人の方々が我が国の裁判所にこれを請求を提起するということまでは妨げられていない。その限りにおいて、そのようなものを請求権というとすれば、そのような請求権は残っている。現にそのような訴えが何件か我が国の裁判所に提起されている。ただ、これを裁判の結果どういうふうに判断するかということは、これは司法府の方の御判断によるということでございます。」

国会会議録検索システム

 この解説を河野太郎大臣が外務大臣時代に解説を行っている。

ごまめの歯ぎしり » 日韓請求権・経済協力協定(2018年11月)

「この協定を実施するために、日本では「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律」という国内法を制定し、この法律によって、法律上の根拠に基づき財産的価値が認められる全ての実体的権利、つまり財産、権利及び利益を消滅させました。

 日韓請求権・経済協力協定でいうところの請求権、つまり法律上の根拠の有無自体が問題となっているいわゆるクレームを提起する地位を指す概念は、この実体的権利には含まれていません。

 そのため、個人の請求権は日韓請求権・経済協力協定や国内法で消滅したわけではありません。

 しかし、日韓請求権・経済協力協定により、一方の締約国の国民の請求権に基づく請求に応ずるべき他方の締約国及びその国民の法律上の義務が消滅し、その結果、救済は拒否されます。つまり、こうした請求権は権利としては消滅させられてはいないものの、救済されることはないものとなりました。」


 具体的には、これまでの請求権訴訟をみると理解が出来るだろう。他国(国家、法人、個人)に対する請求訴訟はその国で行うことは可能だが、自国の司法に訴えて国家を通じて他国に請求することが出来ない。近年の韓国に於ける「徴用工判決」は、他国への請求を国家を通して行うことであり、日韓請求権協定に完全に違反しているのである。

 泥さんは、日韓請求権並びに経済協力協定で何が請求の対象になったか、さらには外交保護権を理解していない。国会答弁の言葉尻だけをとらえ「個人請求権は消滅していないので、裁判所の判断を待たずに政府が自分で決断し」慰安婦に賠償せよと「政府のやる気」を促しているが、それには証拠に基づく請求訴訟が必要である。

 最後に、日韓交渉で慰安婦問題が提起されたのは彼女等の多額の財産の請求問題であって、被害者としての賠償請求ではなかったのである。