(久しぶりにTPPの話題を紹介します。)

1月21日の日米首脳会談に向けてマスコミが観測記事を掲載しているが、毎日が米国にTPP復帰を要請すると言う記事を配信した。
唐突の記事なので、米国の事情を調べて見ると、バイデン政権はTPP復帰の意志を持っていないように見える。

毎日 1月20日
岸田首相、バイデン大統領にTPP復帰を要請へ 中国にらみ連携強化
 岸田文雄首相は21日にオンライン形式で予定する日米首脳協議で、バイデン米大統領に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への復帰を要請する調整に入った。複数の政府関係者が20日、明らかにした。バイデン政権は復帰に消極的で、要請を受け入れる可能性は低いとみられるが、既に加盟申請した中国をにらみ、日米の連携強化が重要と判断した。
 首脳協議では軍拡を進める中国抑止を念頭に、日米が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」の実現や日米同盟、経済・技術協力の強化、核軍縮の道筋などを協議する。
 TPPを巡っては中国が2021年9月に加盟を申請。中国の経済規模は日本を含むTPP加盟11カ国の合計を上回る。日本政府は、中国の加盟が認められた場合、TPPの主導権を奪われかねないと危惧。米国に早期復帰の重要性を訴える構えだ。
 米国はトランプ前政権時代にTPPの枠組みから離脱し、バイデン政権も通商協定より国内経済の回復を優先する構えを示す。日本政府関係者は「米国内の世論喚起のためにも粘り強く復帰を求めていくことが重要だ」としている。【宮島寛、川口峻】

首脳会談後の報道でも、岸田首相がTPP復帰を呼びかけたとされているが、政府(官邸と外務省)発表には記載されていない。

 

NHK 1月22日
日米首脳会談 日本での日米豪印の4カ国首脳会談実施などで合意
「さらに岸田総理大臣は、アメリカによるインド太平洋地域の国際秩序への戦略的な関与という観点から、TPP=環太平洋パートナーシップ協定へのアメリカの復帰を望む考えを伝えました。」

 

官邸HP

日米首脳テレビ会談についての会見


外務省HP

日米首脳テレビ会談


20日、ホワイトハウスの専門家(サリバン補佐官)が会談の概要を説明した模様。(サキ報道官が定例記者会見で予告)

ロイター 1月21日
日米首脳会談、安保・中国への対応が中心議題に=ホワイトハウス
「日米首脳会談に先立ち、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と秋葉剛男外務事務次官が20日協議し、北朝鮮と中国に対する日米の対応、インド太平洋地域の経済問題、ウクライナ情勢について意見を交わしたという。」

この秋葉・サリバン協議でTPPに関する協議があったかどうかは不明である。

「ジェイク・サリバン米大統領補佐官」について

中野剛志著「変異する資本主義」にサリバン補佐官の担当部門、経歴、思想が紹介されている。
担当は国家安全保障問題であり、弁護士出身、ヒラリー・クリントン陣営、クリントン国務長官の下で国務長官副補佐官、政策企画本部長を歴任、その後バイデン副大統領補佐官、2016年大統領選挙ではヒラリー・クリントン陣営に、2021年よりバイデン大統領補佐官。
2020年には、外交誌「フォーリン・ポリシー」に「新しい経済哲学」が必要であるという論考を投稿した。

以下中野剛志著より抜粋

169頁
サリバンによれば、アメリカにおける経済哲学は、建国以来、重商主義、自由放任主義、ケインズ主義、そして新自由主義といったように変遷してきたが、これは安全保障問題が深く関わっていたのだという。
そして、今日もまた、地政学的な変化が生じており、これに伴って、経済哲学を変化させることが必要になっている。特にこれまで数十年もの間、支配的なイデオロギーであった新自由主義を克服すべきである。サリバンはそう明言したのである。

172頁
だが、新自由主義に基づく経済政策やグローバリゼーションは、アメリカの長期停滞と格差の拡大を招いた。米国の国力は落ち、社会は分断されてしまった。
さらに、ここに来て、中国というライバルが出現した。しかも現在の中国は、冷戦期のソ連あるいは西ドイツや日本と違い、安全保障と経済の両面において、アメリカの脅威なのである。

173頁(一部省略)
新自由主義から経済ナショナリズムへ
「アメリカは、新自由主義のイデオロギーを放棄し、安全保障と経済政策を再び一体として考えた新しい経済政策を樹立しなければならない。そう考えるサリバンの提言は、具体的には、下記の通りである。

第一に、安全保障にとっては、積極財政、とりわけインフラ、技術開発、教育など長期的な競争を決定する分野への積極的な政府投資が必要である。

第二に、強力な産業政策が必要である。

第三に、貿易協定は何でも良いものだとか、答えを何でも貿易の拡大に求めるゆな安易な発想を改めるべきだ。

第四に、「アメリカの多国籍企業の利益は、アメリカの利益である」という思い込みを捨てるべきだ。

第五に、外交の専門家が中心となって経済政策に関与すべき分野もある。例えば、戦略的技術を生み出すテック企業に対する規制がそれに該当する。

181頁(一部省略)
サリバンは、実際に、自由貿易やグローバリゼーションに対する懐疑を口にしたのである。
「政策担当者は、あらゆる貿易協定はよい貿易協定だとか、答えは常に貿易の拡大だといった従来の認識を超えなければならない。詳細が問題である。安全保障コミュニティは、TPPについて、その実際の中身を吟味もせずに、何の疑問も抱かずに支持していた。米国の貿易政策は、何年にもわたる間違いが多すぎて、プロ貿易協定の議論を額面通りには受け入れられない。」

182頁
「貿易政策は、企業の投資のために世界を安全にすることではなく、米国内の賃金の上昇と高収入雇用の創出に焦点を当てるべきだ。」

僅か5年で激変したアメリカ政策担当者の認識

(2016年)大統領選後、カーネギー財団が外交政策に関する超党派のタスクフォースを設置すると、サリバンもこれに参加して共同研究を重ね、「アメリカの外交政策を中間階級のために良い物にする」という報告書をまとめた。この報告書は、グローバリゼーションがアメリカの労働者に利益をもたらさなかったことをはっきりと認め、所得格差の問題に配慮すること、貿易をより「広い視点から見直すこと、あるいは長く犠牲の大きい対外戦争を終わらせることなどを主張していた。

注目すべきは、この報告書が「アメリカの外交政策は変わらなければならないことは明白だと述べつつ、その変化の一例として、2016年の大統領選でヒラリー・クリントンがTPPへの反対を表明したことを挙げたことである。さらに驚くべき事はに、この報告書の共同執筆者には、オバマ政権下の通商代表部代表代行としてTPP交渉を担当したのウェンディ・カトラーまでも名を連ねていたのであった。
アメリカの政策担当者たちの認識は、わずか5年程度の間に、ここまで大きく変わったのであった。

(中野剛志著作引用終わり)

以上、中野氏の著作の一部を紹介したが、現在のバイデン政権内で安全保障(外交、経済)を担当しているのは、サリバン補佐官であり、1月20日、首脳会談の準備のための日米高官協議を主導したのもサリバン補佐官である。

中野氏の論考が的を射ているならば、米国のTPP復帰はあり得ない。通商交渉に不可欠な大統領貿易促進権限・TPA法案の復活の動きも見えない。米議会は、大型歳出法案(BBB法案)や投票法改正法案など重要法案がデッドロックに乗り上げ、秋の中間選挙に向けて議員の腰が落ち着かない状態であり、2021年7月に失効したTPA法の法案審議の見通しも見えない。

現在、バイデン政権と民主党は、バイデン大統領は年末から、約200兆円の気候変動・社会保障関連歳出法案(BBB法案)の成立に向けて、民主党のマンチン上院議員の説得を行っていた。民主50人、共和50人の上院で、一人の議員がバイデン政権の目玉法案の成立を防いだ。昨日、マンチン議員を納得させるための提案をおこなった。
日経 1月20日
バイデン氏、歳出・歳入法案「分割も」 政策停滞で焦り

また、秋の中間選挙で民主党が有利になるよう投票法の改正法案も可決できなくなった。
日経 1月21日
投票権法案の可決絶望的に 米上院、バイデン氏に打撃

 

日本側の報道は、アメリカのTPP復帰について希望的観測を書いているが、米政権及び政界の根底に横たわる経済政策の思想の変化を読み取っていないと思われる。