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ご近所子育て仲間の八幡暁さん講演 presented by 逗子アフタースクール。

シーカヤックひとつで数百kmの海を渡り、世界各地の漁村めぐりをして、『情熱大陸』にも出演するようなスーパーウォーターマンが、次女の幼稚園同級生で、ご近所パパなのです。ほんと、面白い人がたくさんいるなあ、この町。

子ども3人を会場後方で遊ばせながらしか聞けなかったけれど、それでも心に残る言葉の数々。自然と向き合ってきた人ならではの痛快なまっとうさ。ああ、気持ちよかった! 

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以下、共感した言葉のメモのお裾分けです。

「漁村では必ず、ご馳走になる。売れば数千円という価値のある魚介類を、決して経済的に裕福ではない漁師たちが食べろ食べろと出してくれる。泊まって行け、という話になる。これは、世界中の漁村どこを訪れても必ず起こること。ぼくが貧乏そうに見えたとか、まあそれもあるかもしれないけど、笑、そういうことじゃないと思う。
 ある漁師は、太平洋銀行という考えかたを話してくれた。自分たちは、海の元本には手を付けず、利子だけいただいて暮らしている。だからそのお裾分けをしているだけだ、と。自然と向き合っている人は、必ずそうなる。そういう風にできている」

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「政治家や偉い人たちは皆、子どもに知識+教育+仕組みを押し付けようとする。そういったことも大事だけど、それはこの世界を行きて行く上での分子でしかない。分母にあるのは、自然×楽しい時間でしょう。分母を広げることなく、分子ばかり突き詰めてもしょうがないと思うんですけどね。まずは分母が大事。でも、やってる張本人の大人たちが、自然×楽しい時間を体験したことがなかったりすると、どうしようもないんですけどね」

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「世界中の漁村で、子どもたちが勝手に海で遊んでいる。でも、日本の海には子どもがいない。日本の海で、子どもだけが遊んでいる風景には、もう出会えないんです。危ないから禁止、ね。これは大問題ですよ。
 確かに、海や川で子どもを勝手に遊ばせていたら100人のうち1人が怪我をするかもしれない。ときには亡くなることもあるかもしれない。でも、日々、自然の中で子どもが遊ぶことは、何が危険か、危ないときにはどうしたらいいかを判断する力を養う機会でもあるんです。それを学ぶ機会を奪ったら、大災害が起ったときにどうなるか。全員死にます。それって逆に、ものすごく危険なことなんじゃないか。普段から "アホは死ぬから気をつけろよ" とだけ言って、子どもを海に放つことがあってもいいんじゃないか」

「宮城県のある漁村には、そうした自然とのふれあいが何より大事だと知っているリーダーがいる。国土交通省に連絡すれば、漁村の砂利の港はすぐにでもコンクリートで固めてもらえます。でも、砂利の浜を奪ったら、子どもはどこで遊ぶんだと言ったリーダーがいたんです。断固として、便利なコンクリートを導入しなかった。
 こういう村には、若いのが帰ってくるんです。跡取り不在でつぶれて行く漁村が多い中、ここだけは、全世帯に跡取りがいる。中央の指示に従うよりも、未来と足下の自然を見つめて判断できる、こういうリーダーがいる漁村は、違いますね」

「責任を回避する大人が増えている。たき火したい子どもがいても、何かがあったときの責任を取ることをしたくないから、行政が禁止をする。"なにかあったら俺が責任もつから、どんどんやれ" っていう大人がいないとダメですよ。
 目黒川にも "昔はこの川は生活に密着していて…" なんて看板があるのに、今じゃご丁寧に、日本語・中国語・英語で "立ち入り禁止" って書いてある。法的には何も問題ないのに。
 自分たちは、足下の自然と触れ合う意味で、目黒川をじゃぶじゃぶ歩く活動をしています。そしたら、通報する人がいたりしてね」

「逗子の海から川をじゃぶじゃぶのぼっていくのもやりました。3~4時間も歩けば森の中の源流に着きます。ものすごく楽しいですよ。皆さん、テレビでアマゾンの秘境やヒマラヤの冒険なんていうテーマのものをご覧になっているかもしれない。そんなもの観て "ほー!" って言ってるより、まず足下の自然に入ってみるといい。ものすごくいろんなことがわかりますから」

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拍手喝采したいくらいの歯に衣着せないコメントと提案の数々。
(他にもたくさんあったけど、廊下を走る子どものお尻を追いかけていて、忘れちゃった!)

八幡家は、うちからごく近い普っ通~の住宅地に暮らしている。そこで鶏を飼い、卵を得て、来週には5歳の息子さんといっしょに絞めるって。そうだよね。鶏や豚を飼うことや、養蜂は、3世代前の日本の軒先には普通にあった風景。「いいな」「すごいな」じゃなくて、やるかやらないかだけ。ほしい未来の方向に向けて、どれだけまっすぐな自分でいることができているかの確認作業をすればいいだけ。うん、本当にそうだな。

「世界のほとんどの場所では、衣食住のすべてが半径5キロ~10キロ圏内で完結している。そういう場に暮らす人たちは皆、すばらしい笑顔だ」という八幡さん。そこに外貨とグローバル流通が入り込み、バランスが崩れかけているのが、今の時代。都会に暮らす人がみんな昔の暮らしに戻ればいいという話では決してないけれど、衣食住のアウトソースをひとつずつやめること、暮らしに手作りを増やすこと、手作りの楽しさや美味しさを分かち合ってコミュニティーを作ること、それが平和な世界をつくることに直結しているのは、間違いない。

わが家も、まずは鶏から?!

いやいや、その前に、もうちょっと丁寧に畑と向き合いましょう。

...と、ひとりノリツッコミしながら帰路につきました。ああ、本当にいい町だ。そう余韻に浸りながら。