Participated in my very first NVC workshop by Jorge. Thank you for beautifully verbalizing the diversity of feelings deep in my heart. Thank you for giving me the opportunity to understand our addiction to pleasantness and the fear of unpleasantness. 

A brand new life-long journey to humanity and empathic listening has begun!!


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世によくある夫婦のすれ違い。
「またゴルフ?!せっかくのお休みなのに、またゴルフに行くの?」
「うるせえな、仕事なんだから仕方ないだろ」

または、よく聞く親子の会話。
「何度言ったらわかるの!早く宿題やりなさい」
「急かさないでよ、言われなくてもわかってるから」

どうしてこうなってしまうんだろう。これを、心の中にある気持ちとニーズの言語に翻訳してみると、こんな風になるかもしれない。

「久しぶりのお休みを一緒に過ごすの楽しみにしていたから、淋しい」
「そうだよね、ごめん。仕事だから変えられないけど、夜は早めに帰るよ。一緒に夕飯をつくろう」

または、

「昨日も夜更かししちゃったよね。寒い時期だし、今日もまた遅くなったら風邪をひかないか心配。あなたが大事だから。明日も元気で楽しく過ごせるように、宿題を早く終わらせてほしいな」
「確かに。ありがとう。じゃあ、このレゴを片付けたら宿題しようかな」

という風に。

何が言いたいかというと、昨日、念願だった、NVC=Nonviolent Communication(非暴力コミュニケーション)のワークショップに参加してきたのでした!


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「NVCとは?」
     1970年代に、アメリカの臨床心理学者、マーシャル・B.・ローゼンバーグ博士によって体系化され、提唱された、自分の内と外に平和をつくるプロセスです。家族や友人から、職場や組織、国際関係まで、あらゆる人間関係を、支配、対立、緊張、依存の関係から、自由で思いやりにあふれた、お互いを豊かにし合う関係へと変えることを可能にする考え方、話し方、という「方法」であると同時に、私たちに「なんのために、どう生きるか」を問う、根源的な「意識」の問題であるともいえます。(http://nvcworkshopsinjapan.blogspot.jpより)


昨日のトレーナー、ホルヘは、コロンビアから来たユーモアと正直の人。笑いあり、涙ありで、あっという間の6時間だった。

ホルヘは「NVCとは、考え・判断・分析・アイディアの言語を、気持ちとニーズの言語に変えていくこと」だとも言っていた。気持ちとニーズを相手に明確に伝えるためには、以下の4段階で整理をする。

1.  観察 (Observations)
いつ、誰がどうして、何が起こったかを、善悪や責任判断と切り離して観察・認識・言語化する。これ実は、子どもはとても上手。子どもは
「どうして怒ったの?!」ではなくて、まず「(目の前の相手が)黙っちゃった」という事実認識をする。見習いたい。

2.  気持ち (Feelings)
起った事象について自分はどう感じているのか、気持ちを正直な言葉で表現する。喜びや幸せなど一般的に「ポジティブ」とされる感情だけでなく、怒りや悲しみも正直に。気持ちを表現するときに「こう言ったら相手はこう思うだろうな」という判断を加えない。

3.  ニーズ (Needs)
自分が大切にしているどんな価値とぶつかっているのか、どんなニーズが満たされていないのか。ニーズを表現するときに、相手への非難を加えない。

4.   依頼 (Requests)
相手が何をすれば自分のニーズが満たされるのか。要求や決定ではなく、お願いとして話す。


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創設者のマーシャル・ローゼンバーグは、北ナイジェリアで争いあうグループを調停したときの話をこう語っていた。

「私はまず双方に、どんなニーズが満たされなかったのですか?と質問した。全員のニーズが明確化されれば、双方にとってニーズが満たされるための手段がみつかる、と。
 すぐさまキリスト教の部族長がテーブル越しに怒鳴った。”あいつらは人殺しだ!” そして相手も負けずに応戦する。”こいつらは80年間も我々を支配してきた!” 
 私はニーズを聞いたのに、双方とも相手の問題点の分析で答えた。ニーズではなく自分の立場を正当化する分析をはじめたのだ。そんな場合、私はそれを相手が表現しているであろうニーズに翻訳する。
 “あなたは、コミュニティーの安全が脅かされていると感じているのですか?”」


…なるほど~。

悪口や非難を、その背後にある気持ちとニーズに解読すること、それがNVC。深いっ!

相手のニーズと繋がり、自分のニーズも受け止めてもらえたら、人間味のある対話ができる。それを伝えないまま、隠し持ったニーズが損なわれないようにと自分の正当性を主張しても、すれ違うばかり。確かに、恋人同士から国家間まで、問題はこれにつきるね。


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そして昨日は、問題調停のほうだけでなく、NVC的な「感謝」の表現についても学んだ。これもまた素敵で。

ホルヘは「午後は、感謝の表現について掘り下げてみます」と宣言すると、「僕はね、詩人が大っ嫌いなんだ。あいつらサイテーだ」と語りはじめた。

「僕が大切な人に対して “えーっと、あのその… いつも素敵だね(もごもご)” となってしまうようなとき、パブロ・ネルーダは “私はあなたに、春が桜にすることをしたい” と言う。って、なんだよ、それ!そんな表現ができるなんて、ズルすぎる!」 

そう笑いを取りながら、
「春は、ちょうどいい時期に、適度な気温と湿度を桜に与える。見返りも求めずに。でも、春からもらう環境すべてが適切でも、木が死んでいたら桜は開花しないでしょ。桜の木そのものの意思とタイミングで開花している。
 僕は、感謝というのは、桜の木が春に対して、自分がどう開花したかを伝えるようなものだと考えている」と言った。

正真正銘の感謝とは「あなたがそこにいることで、自分がいかに花開いたか」を正直に伝えること。

とりあえずお礼しとこうとか、言ったほうが印象がいいかなとか、落ち込んでいる相手の慰めになるかなとか、相手の反応を操る目的で伝えるものは、どれも感謝ではない。

そして、感謝を受け取ったほうも、それを否定しない。世界中多くの言語で「どういたしまして」にあたる言葉に否定語があるけれど(「いいえ」「とんでもない」”de nada” ”Nichts” etc.)そうではなくて、まずは正直な感謝をそのまま受け取ることが大事。受け取ったら、誠実な好奇心を持って、桜の木がどう開花したかをゆっくり聞く。それは、なによりの信頼醸成になる。

・・・ああ、その通りすぎて、言葉もありません。


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NVCは、自分の意のままに相手を動かそうとする心理作戦をやめようという提案であり、怒りや悲しみなど激しい感情を封じ込めて、表面上でニコニコするような社会もやめようという提案。空気を読んで周りが求めることをして、自己犠牲をいとわない状態もやめようと言っている。

親子間で、夫婦間で、学校内で、企業内で、地域で、国家間で、NVCにのっとったニーズのコミュニケーションが行われたら、世界はあっという間に平和になるね。

うーん、深い。NVC。

まだ入口のドアを開けただけだけど、これから少しずつ深めていこうと思います。あたたかく受け入れてくださった皆様、ありがとうございました!