無意識は、意識よりも先に、わたしたちの行動を決めているという説があるそうです。
人間が指を動かそうとするとき、脳にある「動かそう」と意図するはたらき(意識)と、筋肉を動かせと脳が指令する随意運動野(無意識)のはたらき、そして実際に指が動くタイミングを計測すると、筋肉を動かすための運動神経の指令(無意識)は、心が動かそうと意図する脳の活動(意識)よりも0.35秒も先なのだそう。
これを、「無意識の整えかた」著者の前野隆司さん(慶応義塾大学大学院教授) は「受動意識仮説」と呼び、こう解説しました。
「無意識がやってくれたことを、意識はあとづけで受け取って、エピソード記憶するだけなのです。自由意思の力で身体を動かしているというのは勘違いだということになります」
ひゃー。なにそれ、めちゃくちゃ面白い。
本では、合気道や仏教、自然や医療に照らし合わせながらこの仮説を確認しつつ、無意識を整えてより楽しく生きることを提案しています。
そういうこと、もしかして、子どもたちなら身体でわかってるのかな?と自分の子どもたちに聞いてみました。彼らは、動くことで思考する人たちだから。
そしたら、案の定、すごい対話ができたので、以下、シェアです。
「ねえ、桃は、つぎなにしようかなとか、これとあれどっちにしようかなとか決めるとき、どうやって決めてる?」と、小学校二年生の長女に聞くと、「うーん」としばらく考えてから、
「決めてるっていうか、適当に決まってる。頭のなかで、誰かが決めてる」
す、すごいー! 無意識が意識より前にあること、子どもはまだ知っているのか。
そして、年長さんの次女は、さらにスパーク。なんと、「頭の中に小人がいる」と話していた。「ウチは考えてなくて、小人が考えてるの」と。
小人=無意識と捉えたら、受動意識仮説、そのまんま。杏自身、赤と白の帽子をかぶった小人と、意見が対立することもあるらしい。まじー!
「それで、その小人はどこにいるの?」
「あたま!」
「じゃあさ、小人が決めたこと、小人はどうやって杏に伝えてるの?」
「血だよ」
「え?」
「だーかーら、血!
身体じゅうを血がはしってるでしょ、小人は血につたえて、血が、胃とか肋骨とかにつたえて、そうすると、ウチが、よしやるぞ、とかおもうの。それが、早送りになってるみたいなかんじ。身体のなかで、すごいはやく」
「へええー! ママ、知らなかった」
「えー。じぶんなのに、気づいてなかったのー!」
「うん。じゃあ、赤と白の帽子をかぶった小人たちの意見があわなかったら、杏はどうするの?」
「そんなのないよ。だって決まってるんだもん」
「え、決まってるの?」
「決まってるに決まってるよ、だってそれがウチの気持ちなんだもん」
「気持ちなの?!頭に住んでるんじゃなかったの?」
「心だよ」
「笑! あたま?こころ?どこにいるの?」
「だから、心! べつに、頭と、おなじことでしょ」
いやはや、参りました。
自分の「意思」より先にくる無意識や、身体が決めている直感力を知ってるんだね。子どもはすごいー!
頭と心が離れないまま大人になることが受け入れられて、身体が教えてくれる幸せを曲げずに生きていける場所が増えるといいな。そのお手伝いになる仕事をしていたいなと、心から思いました。
あー、面白かった。
自分の身体性と無意識、明日からもう少し意識しよう!