さて、カラファテから先はじゅんちと別行動になり、ひとり旅になりました。
とはいえ向かうルートは一緒だから行く先々でチョイチョイ再会してしまうんですけどね。

でも基本はひとりです。
約1ヶ月ぶりのひとり旅。移動手段はヒッチハイク。

まさに頼れる人は自分だけ。
自分しか尻拭いできない状況、自分の判断が全てを決める。


ヒッチハイクは現地人との勝負なので、スペイン語能力が格段に磨かれますが
話すことばかりではないので考え事をする時間も非常に長い。

そういう中で、じっくりじっくり今までの出会い・今回の出逢いを考えてみました。



旅での出会いってわかんないなー…っていうのが
私の本音です。。。

旅してる状態って、誰しも平常じゃない と思うんですよ。
そして人間には忘却能力がある。

だからね、今この瞬間がどんなに楽しくても、どんなに家族のように過ごしたとしても
一過性のものに過ぎないことがある。
むしろそんな出会いが大多数な気がしているからこそ、
ちょっとくらい話が盛り上がっても今だけなんだろうなって思ってしまうんですよね。


しかしそんな中で数時間や数日しか一緒にいなかったのに、心に響く出逢いがある。

今回の優や、優子のように。


じゅんちの時もそうだった。
エジプトで一緒にいた時間は2-3日だけだったのに、なんでか今でも繋がっている。
少なくともそれはお互いに繋がろうという意思があったからにほかならないのだけど・・・


ただそれも
“旅の最中ゆえのマジック現象だから”だと思うのです。
今後 旅を終えて日本に帰ったら、日本での生活が優先になるのは当たり前。
そういう中で本当に繋がる気がある?っていうのが、常に私は疑問に思ってしまうんですね。

だからこそ旅での関係は“旅マジックによる一過性のもの”のように捉えてしまう。


私は日本にいた当初から“知り合い”は多いですけど
“友達”はめちゃくちゃ少ないです。

時間は平等に有限で、出会った人全員のために時間を使えるほど私は出来た人間じゃない。
その代わり、大切だと思った人にはものすごく大切に丁寧に付き合っていくつもりでいるから。

『知り合った人・気があった人、みんな友達♥』なんて微塵にも思わず
正直、自分の中で“知人”“仲間”“友達”みたいな感じでカテゴリー分けしています。


私のこういう物言い↑は好きじゃないと言われることがあります。(※良かれと思ってね)
自分が心で思うのは勝手だけど、
わざわざ攻撃的な事を言って人を傷つける必要はないと。

確かにそれはその通り。
もしも私が“知人”と思っている人が、私のことを“唯一無二の友達だ!”なんて
思ってくれていた場合には、傷つくのかもしれません。

ただ!
言わせてもらいたい。
“友達”という感覚も、前回の記事で話した“再会”の概念と同じで
お互いが想い合わなければ成立しない ということを。

そういう意味では、友達も恋人も人間関係は全て同じなんだと思う。



以前じゅんちと恋バナをしていたとき、私は彼に
『“好きな人に好きになってもらいたい”
 私の願いはそのゴールひとつだけ。』

といったことがあります。

そのとき彼は
『その発言は女の子に多いけど…ゴールはまだその先にもあるかもね?
 好きになってもらうこと以上に
 好きでい続けてもらうことの方が難しいよ。
』と。

旅に出る直前まで、ホストという特殊な職業に就きつつも
8年間付き合っていた彼女がいた男の言うことには重みがあります。

思い返してみれば私の結婚生活6年間も、
お互いがお互いに好きでい続けてもらう努力が足りなかった気がしますもんね…。



話を戻しますが、これと旅での出会いも同じで
私が相手に魅力を感じ続けていること
相手が私に魅力を感じ続けていること

これらを前提に、
双方が繋がっていく努力を同じ温度で重ねていけるのか。
認め合えるのか。


この全てが成立しない限り、私は簡単に“友達”という言葉は使いたくない。


私は、たぶん、人が好きです。
だからできる限り大切にしたいと思う。
だけど、上記でも述べたように“旅マジック”を感じることが非常に多かった結果
想い合うのって難しいなぁ…と実感するたびに
(そこには魅力を感じ続けてもらえなかった自分にも問題はあると思いますが)
自己防衛のために鈍いフリをするようになったのだと思います。

想っている人に想ってもらえないのは、
自分が想う温度と相手が自分を想う温度の差を感じるのは、
やっぱり悲しいから
だったら自分から遠ざけてしまおう、初めから何も感じなければラクだ、みたいなね。


だから本当に想い合える人とだけ友達でいられたら、それでいい。
それ以外の偽物の関係なんていらない。

これが私のポリシーであることには変わりありません。


ただ、今回こうして新しい世界に足を踏み入れて、大切なご縁に恵まれたことによって
頑なに拒否することはもうやめようと思ったのです。

まずは少し接してみる。
もしも自分が大切に感じたなら、その想いはとっておく。


マザーテレサになりたいわけではないけれど
相手が優しくないから自分も優しくしないっていうのは心が貧しすぎる気がして
優しくない相手に対しても優しい自分でありたいというのが理想。

仮に相手と想い合うことができなくても、温度差の相違があったとしても、
それは私の意思で決められることではない、相手の判断によるものだから…

西アフリカ旅で得たこと
“起こる全てのことを受け止め、ありのままを愛すること”


愛は、言葉だけではなく行動の積み重ねで表現するもの。
それは強くないと実践できないことを
強さは、心を開かないと手に入れられないことを
約31年生きてきて知りました。

誰かを傷つけるリスクも
自分が傷つくリスクも
一旦全部引き受けて、今は自分の心に素直に旅したい。


その結果、絶交宣言をくらったり・自分が嫌な思いをすることもあるんですけどね。

それはそれで、ご縁がなかっただけの話。
ホンモノだったなら、何年たっても出会い直して繋がっていけるはず。





ヒッチハイクでそんなことを考えながら次に訪れたのは、
チリにある汐見荘という名の日本人宿。

そこで撮った写真。
汐見荘2 汐見荘1


古い友人らなら一目瞭然だと思うんですけど・・・
私、旅でこんな表情の自分見たことない。
なんて柔らかい顔してるんだって、自分が何よりビックリなんですよ。

同室だった美沙季とは10歳の年の差がありながらも、
どーしようもない恋愛オンチな私の自虐的なGirl’s talkで毎晩明け方まで盛り上がった仲。
21歳の大学生に、恋愛の教えを請う31歳バツイチという構図。笑

本当に楽しい時間を、素敵な励ましを、たくさんの学びを
美沙季からもらった。
そして彼女とは日本でも繋がりたいって話を共有することができた。

それが実現するかどうかは正直わからない。
数多ある出会いと同じように、
お互い日本での生活に紛れて風化していってしまうかもしれない。
私に魅力がなくなって想い続けてもらえないかもしれない。

それでも私は大好きだという気持ちを想い続けていたい。

そう思える出逢いを、またひとつ得たことにものすごく感謝。


優も、優子も、美沙季も、
きっと、もうすぐ“友達”になれる。



引き続き、次回はここウユニでの出会いの話です。



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