ガールフレンド(非公式) 物語

ガールフレンド(非公式) 物語

ガールフレンド(仮)の同人小説を掲載します!
全ガールを登場させる予定です!

下のURLのブログで更新の予定などを確認できます。

http://s.ameblo.jp/takano-tomoki/

Amebaでブログを始めよう!
{325A43EF-6E0A-4D5F-802E-9EBE002BE6FD}

 初夏の日差しの下、聖櫻学園のテニスコートにはボールを打つ音が響いている。女子の比率の高いこのこの高校では女子テニス部の活躍も目覚ましいものである。
 そんなテニス部には期待の二年生がいる。加賀美茉莉、誰に対しても礼儀の正しい、育ちの良さを感じる生徒だ。性格こそおとなしいものの、テニスでは激しいプレーもこなし、夏の大会にも出場することになっている。一週間後に控えたその予選に向け、茉莉はテニスの練習に打ち込んでいた。
 休憩時間になると茉莉を慕う後輩の小倉愛がドリンクを差し出した。
「お疲れ様です! 加賀美先輩、絶好調ですね!」
「ありがとう、小倉さん」
「試合もその調子でがんばってください!」
 もちろん茉莉もそのつもりだ。大会に出るからには全力を尽くし結果を残したいと思っている。だがそこには大きな壁があった。それは予選の一回戦。その相手が関東全域で名の知れ渡る強豪選手なのだ。試合をしたことはないが彼女の実力を茉莉も十分に知っていた。そんな相手に勝つべく、茉莉は練習にいつもより熱を入れていた。

 もちろん高校生の本分は学業だ。朝練を終えると茉莉は2年C組の教室に向かった。教室にはいつもの顔が揃っていた。
「おはよう、茉莉ちゃん」
 茉莉に気づいた明音が声をかける。
「おはようございます、櫻井さん」
 茉莉は丁寧に頭を下げた。その後もクラスのみんなと挨拶を交わす。C組はそんな明るいクラスだった。その中でも親しいつぐみが歩み寄ってきた。
「朝練お疲れ様」
「春宮さんもお疲れ様です」
 そんなつぐみに対しても茉莉は敬語を使っている。決して距離を置きたいわけではないのだがどうしてもその壁を取り払うことができずにいた。
 ただ一人、彼を除いては。
「部活、大変そうだね」
 彼の名前は平奏太。これといって特筆することはなく、いい意味でも悪い意味でも普通の高校生だ。だが茉莉にとっては特別な存在だった。

 それは茉莉が二年生になったばかりの頃のことだ。学校生活の環境が変わり、部内でも先輩となった茉莉はその変化に馴染めずスランプに陥っていた。いくら練習を重ねてもうまくいかず、ある日の朝、ついに練習を飛び出してしまった。人目のない木蔭で泣いていたところに彼は現れた。茉莉を見つけた奏太は茉莉の隣に腰かけた。声をかけたりはしなかったが、茉莉にも彼が自分のことを気にかけていることはわかった。悩みを相談していいのか、茉莉にはわからない。だが、彼女の意思は溢れてきた涙に表れていた。泣きじゃくりながら、心に溜めていたものを全てぶちまけた。涙と思いを吐き出し、心が空っぽになったとき、そこに幸せが流れ込んできた。奏太はそのとき何を言ったわけでもなかったが、茉莉は知らず知らずのうちにそんな存在を欲していたのだ。
 その後茉莉の調子は戻っていった。後輩の愛とも仲良くなり、学校生活を順調に送った。そしてスランプを脱してからも、ときどき奏太とあの場所で話すようになった。

「おはようございます、平くん」
 教室では奏太にも敬語で話した。大勢の前で素の自分を出すことはまだできない。だがそんな関係も、茉莉にとってはアダムとイヴのように、二人だけの楽園を持っているように感じられた。
「大会近いよね。がんばって」
「ありがとうございます」
 こんなやりとりも茉莉にとっては心踊るひとときだった。

 試合を目前に控えた茉莉は毎日練習に励んだ。部活がない時間も自主練を続けている。予選では最も大事になる初戦、絶対に負けるわけにはいかなかった。
 そして試合の前日、まだ完全な状態だと思えない茉莉は後輩の愛を連れて朝練をしていた。
「加賀美先輩!?」
 その途中、ボールを拾い損ねた茉莉は足元をとられ、危うく転びそうになった。目の前にネットがあり、それに手をかけることで大惨事は免れることができた。
「ごめん、大丈夫だよ」
「あとは午後の練習にしましょうか」
「……ううん、もう少し続けよう」
 炎天下の中、茉莉はテニスコートへと再び足を踏み入れた。

 放課後、練習へと急ぐ茉莉を奏太が呼び止めた。
「練習、行くの?」
「うん。明日に向けて最終調整、かな」
 それを聞いた奏太は少しうつむいた。そして少しの間を置いてから言った。
「今日は休んだほうがいいよ」
 そんな言葉を聞くと思っていなかった茉莉は目を丸くした。休むべき、という考えもわかるが、今日中にやりたいことを抱える茉莉は練習しないわけにはいかなかった。
「ごめん、でもやっぱり行かなきゃ」
「茉莉ちゃんはわかってないんだよ、自分がどれだけ疲れてるのか」
 奏太は少し語気を強めて言った。
「わかってるって」
「無理をしないでほしいんだ。そうしないと明日だって……」
「わかってるってば!」
 茉莉は声を荒らげた。周りの視線が注ぐ。しまった、とは思ったが、なにか言わなければと最後にこう残した。
「もう行くね」
 彼女は逃げ出すように走り去った。

 午後の練習には身が入らなかった。大会のこともだが、やはり奏太のことが気になっていた。あんな別れ方をしたまま明日の大会を迎えられるのだろうか。集中力は徐々に切れていき、ボールをまともに負うことすら危うくなってしまった。
「加賀美さん、大丈夫?」
「すみません……。休憩してもいいですか?」

 部活から抜け出した茉莉は、おぼつかない足取りであの場所にやってきた。もしかしたら彼に会えるかもしれない。そう考えた彼女は体を休めつつその場で奏太を待つことにした。
 日陰のひんやりとした空気に身を委ねた茉莉はいつの間にか眠りに落ちていた。気がついたときにはテニス部のメンバーから連絡が何度も来ていた。茉莉はあわててテニスコートへと駆け出した。

 そしてついに試合当日を迎えた。結局、前日はあまり練習できなかったが、体は思いの外軽くなっていた。奏太の言った通りだった……。観客席を見ても奏太の姿はない。彼にかけた言葉を悔やみつつ、彼女は試合の場に立った。
 試合の前半は意外にも茉莉がリードする形となった。対策を重ねた茉莉は次々と相手の取れない球を打ち続けた。一セット目は二ゲームを取られたものの、大差で優位に立った。だが、彼女は少しずつ相手が対応してきていることに気づいていた。
 二セット目は状況が一変し、茉莉は完全にペースを奪われた。相手の動きが変わったのはもちろん、茉莉にもミスが目立ち始めた。このセットを落とし、流れも完全に相手に向いていた。
 観客席の愛たちにも不安の色が出ていた。
「加賀美先輩、どうしちゃったんだろう……」
 彼女を応援する声が響くが、もうそんなものは彼女の耳には入っていなかった。あれだけ練習したのに負けてしまうのか。そんな気持ちが彼女の心を支配していた。
 そして最終セット。流れを失った茉莉は完全に自分のプレーも失っていた。瞬く間に差は開き、五ゲームを連取される最悪の状況を迎えた。
「……ごめんね」
 あのとき、アドバイスを聞いていればよかった。後悔ばかりが押し寄せる。もう涙を堪えるのに必死になっていた。
「気にしないで!」
 耳を疑った。いま、彼の声が聞こえた気がする。自分のつぶやきが届いたというのか。
「まだ巻き返せる!」
 聞き間違いではなかった。客席には奏太の姿があった。どうやら得点の話だったらしいが、彼の声はしっかりと茉莉に届いていた。
「奏太くん……」
 堪えきれなくなった涙が頬を伝った。その温かい涙を茉莉は指で受け止めた。
 一気に会場が色めき立った。さっきまで光を失っていた世界には彼女のためのファンファーレが響き渡っている。風が背中を押している。
 奏太の見せる笑顔に頷くと、彼女は決着をつけるべくコートへと繰り出した。
 一球目、相手のサーブを茉莉は見過ごした。あまりにも相手の動きが見えるので驚いてしまったのだ。二球目はいとも簡単に返し、リターンエースに。三球目、四球目と得点し、ラブゲームで一ゲームを取り返した。
 次のゲーム、相手は動きを変えてきた。本来のプレーに戻してきたが、それもすぐに見極められた。ここぞとばかりに茉莉はネット際に寄り、磨きをかけたドロップショットを見せた。勝てる。そう確信した瞬間だった。
 茉莉を止めることはできず、気がつけば六セット連取の劇的逆転勝利を収めていた。
 部活の仲間もクラスの仲間も彼女を祝福した。茉莉自身も自分にご褒美をあげたいと思った。歓声から離れ、奏太の姿を探した。
 奏太に会ったのは学校に戻ってからのことだった。あの場所に行くと彼は茉莉を待っていた。
「どうしてこんなところに」
「茉莉ちゃんこそわざやざ戻ってきて」
「……ごめんね」
 やっと言うことができた。ずっと気がかりだったこともなくなり、あとはご褒美をあげるだけだ。
「ねえ、ご褒美ちょうだい」
「ご褒美……。あ、じゃあこれ」
 そう言うと彼はバッグの中からプリンとプラスチックのスプーンを取り出した。なんでそんなものがバッグに入っているのか。「変なの」と茉莉は笑みをこぼした。
「夏バテ防止だよ」
「防げないから」
 ふたを開けると甘い香りが漂ってきた。
「私、奏太くんのこと……」
 言いよどむ茉莉の口に奏太はプリンを入れた。
「まだ終わってないよ。負けたら応援できなくなるから」
「……うん!次も絶対勝つから」
 茉莉と奏太はしばしの休憩をとることにした。