昨日の朝、また悪い夢をみました。
大声で叫んで起きた。。
昼まで喉が痛かったです。


やっぱりへこむわ〜

幸い子供は寝たままだったけど、これから大きくなったら「ママが叫ぶの怖い」って思うだろうな。






もう20年近くやってるのに、叫んで起きるのがなくなるという希望を捨てきれない私。

いい加減あきらめて、一生つきあう覚悟をするのがいいのかもね。ハァ。



そして、叫ぶという現象自体も気になるのですが、夢の中で叫ぶきっかけとなっている感情。
それが分かっていながら、完了させられず、同じことを繰り返している悔しさ。

せっかく「ここにいるよ」と知らせてくれているのに、なかなかその手に触れて握ることができない。

頭の前の方がモヤモヤと重い。






●エピソード:母親がおしゃべりを止めない、私は聞きたくない。

●現実でのきっかけ:数日前に母親の一方的なおしゃべりがうるさかった。





たかがおしゃべり、されどおしゃべり。

聞きたくない話を、自分のペースや意思と関係なく垂れ流されるのは境界線の侵害。

目や口と違って、耳はそれ自体で閉じることができない。

長年の積み重ねで、もう私のコップはいっぱいなんですわ。



参ったな〜と思っていたら、今日は息子が昼寝をしてくれてチャンスがやってきました。

うーん。
その時の気持ちをしっかり感じてあげればいいのか。。。

とりあえず、「うるさい、もういっぱいだ!」という、その時の体の感じを思い出してみる。

エピソードは手放して、体の感覚に集中。

うずくまる、右側に丸くなる。

「もういやだ、いやだ、ききたくない」と言う。

頭や耳を守る姿勢。

涙がポロポロたくさん流れる。

心臓がすこしドキドキ。

軽く吐き気がしたけれど「オェッ」という声が出るまでには至らない。でも、「オェッ」と言いたい動きに任せる。

すこし落ち着いたので体を起こす。

涙がポロポロ。

いくつか深い呼吸も波のようにやってくる。

周囲をゆっくり見回す。

また涙がポロポロ。

(あ、たぶんこれで大丈夫だ。)

しばらく見回す。

今ここの、
手足の感覚を意識する。

まだドキドキしているような感じ。

しばらく寝そべる。
小さな息子のとなりで、母も大の字。



今回は、手足の感覚はそれほど強い変化を感じなかったけれど、頭の前の方と眼球まわりの重いモヤモヤが明らかにスッキリとしていました。

起きて台所の方へ。
視界が広くクリアになっている。
部屋が明るく見える。
西日がキラキラと眩しい。

鏡を見る。
表情に生気がある。
穏やかだけれど巡りがいい感じ。
目に光がある。
ふだん右の方が微妙に鈍いのに、左右が均等な感じ。

ベランダの外を眺めても、やはり視界が広い。風景がくっきり見える。


しばらくゆっくりと過ごしたかったけれど、離乳食と夕飯の準備をする時間になっていました。
最後に、頭から足の先までを両手のひらで撫でて、現実に戻る準備をしました。
触れたところと手のひらが、どちらもキラキラと光るように気持ちよくポカポカして不思議でした。






これで何がどうなったのか?
まったく分かりませんが、とりあえず今回叫んで起きたときの自分の感覚に、なんとか手を伸ばして触れることができたような気がしています。気がしているだけかもしれませんが、胸が広がって呼吸が楽な感じは今も続いています。目も楽です。
ドライヤーをかけたときに、背筋が自然に
まっすぐ伸びているのを感じました。



夕飯前に散歩したら、涼しくてホッとしました。空がきれいでした。