ロックバンドでデビューして、一時はオリコンチャートを騒がせた俺だが、数年後にはファンに飽きられてしまった。
 事務所もコロコロ変わり、ホールで行っていたライブもライブハウスになり、ラジオに営業で出演しては小さくなっていく会場の事を訊かれれば、客が入んねーんだから仕方ないだろっ!と思いながらも笑顔で
「もっとファンとの距離を縮めたい」
とお決まりのコメントでお茶を濁し、其のライブハウスも徐々に小さくなり、
 やがてバンドは解散したー
 やはり音楽一本で家を建てるのはそうとう難しい。此の世界、一曲、二曲ヒットが有っても続かないと駄目だ。家は買えい、現実問題として銀行のローンの申請が下りないからだ。そして其れでも俺は此の業界にへばりついている。
 ソロになってからもアコースティックギターを片手に地道に全国のライブハウスを回り、音楽活動は続けている。生活は何とか食っていける程度で裕福ではない。ほとんど女房に食わせて貰っているみたいなものだ。

 其なある日、大阪のアメリカ村にある小さなライブハウスでライブを終えた俺に有り得ない事故が起きた。
 ライブ後スタッフとお決まりの打ち上げをしていた時、たまたま二つ隣の座敷で今では数少ない大阪のファン達が呑んでいた。
 どうやら其の中の一人がトイレに立った時に俺を見つけたらしく、成り行きで一緒に呑む事になった。
 最初のうちは俺も其の場を楽しんでいたのだが、どうやら其の中の一人が酔いも回ってきた所為かだんだん俺に対してタメ口になり、カラんできた。そいつは俺の昔一緒にバンドを組んでいたギターの大のファンで、バンドが解散した理由は俺の我が儘だと思っている様で、俺に対しての口振りに小さな棘が端々にある。
 最初は此でも一応ファンなのだから大切にと聞き流していたが
「お前の女房は寺の住職らしいな。早く音楽辞めて坊主になりやがれ!」
少し酔いも回っていた俺は
「俺は婿養子で寺とは一切関わりは無い!住職は女房だ!坊主にはならない!俺は音楽を続ける!」
と半ば本音で事情の知らない相手には分の訳の判らない答えを返してしまう。すると相手は何故かいきなり俺に向かって襲いかかって来た。
 まさかそんな事で襲いかかって来られると思っていなかった俺は不意を付かれおもいっきり殴り跳ばされてしまった。其して奴は止めに入った数人を蹴散らし俺の上に馬乗りになると2、3発殴り、何を思ったのか落ちていた割り箸を手に取り、割り、其して其れを俺の両目に突き刺した。

 幸い脳迄達するほどではなかったが、俺はやはり失明した。
 2、3日の間はワイドショーで騒がれたらしいが、生憎俺には其れを見る事は一生ない。

 其れから数年、点字も覚え、社会復帰は出来ないものの何とか徐々に障害者としての生活が出来る迄になった。
 嬉しい事に目が見えなくてもギターは弾けるので今では趣味としてギターを弾き歌を唄っている。暇なので練習ばかりしている。技術面では昔を軽く凌ぐ程だ。
 生活は有り難い事に女房が何とかしてくれているのと障害者保険でなんとかなっている。家で何もしないのも悪い気がするので、時々女房の説法を聞きに来た檀家さんの前で唄う。女房の宗派である浄土真宗には既にシンガーソングライターの尼さんもいるらしいので、説法の場で俺が唄うのも何となく受け入れやすい気がする。或いは俺が自分の為にそう思っているだけなのかもしれないが…
 其なある日、近所で不幸が有り女房と俺の介護兼本山から来て修行をしている小僧が法事に呼ばれて行く事になった。
 此はまぁ、よくある事で俺は一人暇を持て余しながら、一番音の良く響く、本堂でギターを静かに奏でていた。
 俺は中中眠る気もなれず、只々諾々とギターを弾いていると真夜中だと云うのに突然外から俺の名前を呼ぶ低い男の声がした。
「迷惑でしたか?すいません、中中寝付けなかったものでつい…」
俺がそう云うと影は
「いや、違うんだ私は貴方に頼み事が在って来たんだ」
どうやら男の様だ。
「こんな時間に何なんですか?其れに俺は盲目なのですよ。頼み事なんて多分聞く事は出来ません」
「そう云わず話だけでも聞いてくれ。私も頼まれて来てるんだから」
其して男は語りだした。
「貴方は昔かなり有名なバンドの方だったそうじゃないですか。私の雇い主が昔から貴方の大のファンでどうしても貴方の生の歌が聴きたいときかないのです。事故に合い今は活動をしていない様ですが、今も拝見させて頂いておりましたがギターを弾いていらっしゃる。其処で貴方に今から私に付いて来て頂いて弾き語りのライブをして頂きたいのです。機材はそろっていまし、ステージの準備も出来ています。貴方も久しぶりにファンの前でおもいっきり唄いたいでしょう。何よりギャラは弾みす。其の代わり簡単な秘密は守って頂きます。なに、簡単な事ですよ。簡単な…」
明らかに怪しい。だが、本音はおもいっきり唄いたい。自分の働いた金で女房に何か美味いものでも食わせてやりたい。何よりロックがしたい。
 戸惑ってしまう。強盗ならこんな回りくどい事を云わなくても盲目の俺など襲うなら今襲えば良い事だし、寺にも隣の小屋の様な自宅にも俺のポケットにも金はほとんどない。しいて金目の物を上げるなら本堂の寺関係の物だが、流石にこいつが泥棒でもこんなデカくて売り捌きにくい物などは盗まないだろう。何よりバチ当たりだ。
 其な事を色々考えたが、結局奴が俺に嘘を云っても利益が思いつかないので、俺は男に付いていく事にした。
 俺は手を引かれるままに付いて行く。すると男は
「貴方には見えないだろうが此処に車がある。此に乗って頂くのだか段差に気を付けて乗ってくれ」
「車は乗り馴れている大丈夫だ」
そう云って乗り込む。
 暫く車は眠った街中を静かに走り、何処かへ到着した。
 男は車を下りて家人を探しに行き、暫くすると声から判断するにチョビ髭とスリーピースの似合いそうな老紳士っぽい男を連れてきた。
 其して老紳士は俺の手を取り屋敷のへ。
 屋敷は思っていた以上に広く角を何回曲がったかなどとても覚えきれるものじゃぁなかった。
 暫く行くとどうやらステージに到着したらしい。
 老紳士が
「此処が今夜のステージ中央です。貴方のすぐ後ろには椅子も用意をしておりますのでどうぞお使い下さい。其れではリハーサルを行って下さい。水はペットボトルに入って椅子の隣に用意しいています。用意が出来次第にお客を入れますので」
そう言うと老紳士の足音はステージの裾へ消えていった。
 手探りでマイクを探す。少し椅子の近くにマイクを持ってくる。
 既にスタッフがしてくれているとは思ったが念の為マイクテストを行う。
 次にギターをケースから出し、正確にチューニングして、サウンドホールに通称57と云われるマイクを向け一番気に入る音を探す。少し歌いながらマイクとの音のバランスをみる。少しモニターの音量が小さい気がしたので正面に向かって音量を上げてくれと云ったら、何処にスタッフが居るのかは知らないがすぐに良い塩梅に調節された。其して音色を決め、PAに空間系の注文をし、テストする。
 用意は出来た―
 其れをまたスタッフに伝えると其のまま待っていてくれと指示があった。
 徐々にステージの下が騒がしくなっていく。
 俺は此の騒がしさからするといったい客は何人ぐらい入ってるんだ?などと考えていると、急に俺が昔ライブで必ず使っていたファンクの名曲、スライ&ザ・ファミリー・ストーンのダンス・トゥ・ザ・ミュージックがオープニングSEとして流れ出す。打ち合わせもしていないのに…出資者も俺の事をよく判ってくれてる様だ。
 同時に電動カーテンが開く音がしてワッと騒ぐ声がした。久しぶりの感覚だ。胸が高鳴る。最初は怪しいと思ったが嬉しい限りだ。
 合図を送りオープニングSEを止めてもらう。
 其して俺の曲で唯一オリコン7位迄上り詰め、大手進学塾のタイアップをとった曲のイントロのアルペジオを静かに奏でる。
 其して一瞬のブレイク
 客席の温度が変わるのが肌で解る。
 荒々しいギターのリフに5弦と6弦を巧みに使いベースのパートを入れる。此のテクニックは目が見えなくなってから暇に任せ練習し過ぎた為に出来る様になった。後、要所要所にはギターの色々な所を叩きドラムの代わりにもする。
 ギター一本でするロックンロール。
 何人入っているかは知らないが客のノリは良い。俺のテンションも高くなる。俺は今出来る全てを唄とギターを弾いて表した。
 此処数年味わった事ない最高の夜だ。
 アンコールも一度あり、ライブは大成功に終わった。
 其して御満悦の俺を舞台袖で待っていた老紳士は
「主もさぞ喜んでいます。其処で、明日より6日間毎日今日と同じ時間に此処でライブを行って頂けないでしょうか?」
「喜んで。こちらからも御願いします」
「其れは、其れは非常に心強い御言葉です。では明晩も同じ時刻に今晩案内した男が迎えに参ります。…其れから、只一つだけ御願いがあります。我が主はお忍びで此の場に居ます。だから貴方が此処でライブを行った事はけして口外なさらぬ様にお願い頂きたいのです」
俺は軽い調子で
「そんな事ならお安いご用」
と云い、老紳士の安堵の溜め息の音を聞いてから
「では家には女房もいますしそろそろ帰ります」
そう云って帰して貰った。
 家に着いた時にはもう明け方近かった。
 女房も小僧も静かに寝息をたてている。法事で疲れたか俺が出て行った事など知らない様子だ。
 俺も疲れたので寝る事にした。

 次に起きたのはもう昼に近かったが誰も怪しまない。元々俺の生活のリズムなんてバンドマンらしく無茶苦茶だ。
 俺はワクワクしながらギターを片手に今日の夜は何を唄おうか考えていると、すぐに夜になった。もちろん昨夜の事は誰にも云ってなかった。
 今日は女房と小僧は出て行く用事はないものの二人とも寝るのは早く、今はもう微睡みの中だ。
 昨日と同じ時間、男が現れた。
 俺は昨夜と同様に男に付いて行く。
 其して昨日と同じ様にライブを成功させて帰って来た。
 しかし、帰って来ると俺が抜け出していた事がバレて大騒ぎになっていた。
 女房も盲目の俺が一人で出て行って心配しているようで
「夜中に一人でいったい何処に?危険ですよ。寺に籠もってばっかりだから、たまには息抜きも必要でしょうけど、私に一言断ってから行くべきですよ。もしもの事があったら…行くならせめて誰か友達と一緒にでも」
と云う。俺は女房に一言
「スマン」
とだけ云い後は約束した事なので俺は堅く口をつぐんだ。
 しかし勘の良い女房は此の時にすでにもし俺が今日も夜中にこっそりと出て行く様なら後を尾行しろと小僧にいっていた様だ。
 其してまた夜になり、女房と小僧はそれぞれの寝床に消え、俺は本堂で迎えを待つ。
 暫くするといつもの男が現れ、俺を連れ出す。
 同時に小僧も尾行を始めるが盲目の俺は一切気付かない。
 しかし、俺を連れ出した男は其れを見破ったか偶然かは知らないが小僧の追尾を逃れ俺をいつもの会場に送る。
 慌てたのは小僧で俺が行きそうな所を虱潰しで探したが、結局見つからない。
 とうとう小僧が諦めて浜辺づたいに帰ろうとした時、遠くの松林の墓地の間からギターを激しくかき鳴らし聴き馴れた音が聞こえて来たらしいので見に行く事にした。
 其処には小僧が思った通りギターを弾いている俺が居たのだが、周りを取り囲んでいたのは、数えられない程の青白い鬼火だったと云う。
 小僧はビックリして駆け寄り、俺の名前を呼んだが、無視されたらしい、目が見えなくなって何事も耳に頼る俺でも烏合の衆の中から只一人の声など聞き分けられる訳などない。
 其処で小僧は今度は近付いて俺の耳元で大きな声で呼んだが、俺にとっては最高に盛り上がっているライブをしている時に曲を途中で止めるなんて俺には考えられない。だから俺は無視してやった。
 しかし一曲唄が終わった瞬間にまた耳元で喧しく声がするので
「ライブの邪魔をするなっ!」
と物凄い見幕で怒鳴ってやった。
 しかし、小僧からすると、俺が目が見えない事を良い事に、無数の鬼火にたぶらかされているのは紛れもない事実なので、小僧は俺におもいっきり当て身を喰らわせて気を失わせ、力ずくで急いで寺へ連れて帰った。
 寺へ帰って女房が温かい食べ物を与え、少し落ち着いた俺に、詳しく説明をするようにせまった。
 しかし俺は長い間話す事を躊躇った。だが、とうとう自分のした事が善良な妻を驚かせ、かつ怒らせた事に気付き、始めから起こった事を話し始めた。
「貴方は今大変危ない目にあっています。余りに音曲が巧いばかりに、こんな思いがけない難儀な目にあってしまったんです。もう判ったと思いますけど貴方の昨日居た場所は人の家でもライブハウスでもなく墓地だったんですよ。貴方が考えていた事は亡者が呼びに来た事の他は、みな心の迷いです。一度亡者の云うことを聞いたんで、すっかりその手中に落ちたんです。既にこういう事があったうえに、またしてもあの連中の言いなりなったら…八つ裂きにされますよ。昔からよく云われている事なのだけど…まさか自分の夫にそんな災難が降り懸かろうとは…しかも運が悪い事に今夜も私は法事に呼ばれて貴方と一緒にいる事は出来ません。でも安心して下さい。出かける前に貴方の体に御経の文句を書いて亡者から守りますんで」
 日が沈まない間に女房と小僧は俺を裸にして、筆をとって、俺の胸や背中、頭、顔、頸、両手、両足、足の裏迄も体一面に長い時間をかけ御経の文句を書き付けた。
 俺には、さっぱり意味が判らない。
 其して出かける前に女房は
「私が出かけたらすぐに縁側に座って待っていてください。そうするとまた亡者が呼びに来ると思いますが、どんな事があっても決して返事をしたり身動きをせず、口もきかず、ただじっと座っていて下さい。座禅でもするように。もし身動きをしたり音をたてたりしたら其の時はもう最後です。でも心は乱さず怖がってもいけません。助けを呼ぼうなどと考えてもいけません。助けようにも助けられないですから。ちゃんと私の云う通りしていれば危難は退散して、もう怖いものは何もなくなります」
 女房と小僧が出て行って俺は云われた通りに縁側に座った。ギターを傍ら板敷の上に置き、座禅の姿勢をとったまま、じっとしていた。気を付けて咳きもせず、聞こえる程の息もつかずに、幾時間も幾時間もそうしていた。すると何となくだが瞑想と座禅の違いが判ったような気がした。
 やがて道の方から足音が近付いて来るのが聞こえてきた。其れは門をすぎ、庭を横切り縁側に近付いて、俺のすぐ前に止まった。
 低くて重々しい声が俺を呼ぶ。
 思わず返事をしてしまいそうになったが息を殺してグッと堪える。
 声がまた俺を呼ぶ。
 三度声が俺を呼ぶ。
 俺は石の様にじっとしていた。するとその声はこうつぶやいた。
「返事がないー奴は何処だ?」
どうやら本当に声には俺が見えないらしい。此の全身の御経は半信半疑だったが目の前の俺が見えてない様だから信じるしかないだろう。
 縁側に重い足音がした。
 足音はおもむろに近付いてきて、俺の前で止まった。俺の鼓動につれて全身がガタガタ震えてるのを感じたが
 あたりは、しんと静まりかえっていた。
「ギターは此処にある。が、奴はー耳が二つあるきりだ!…道理で、返事をしない訳だ。返事がしたくても口がないのだ。耳の他には、何も残ってない。では…わが主に、此の耳を持って行こう。出来る限り仰せのとおりにしたという証拠に…」
 その刹那俺の耳は鋼の指で捕まれもぎ取られるのを感じた。
 俺は余りの痛みに悲鳴をあげることすら出来ずにいた。
 俺の顔の両側から生暖かいどろどろとしたものが、ぼとぼと落ちるのを感じたが、手をあげようともしなかった。否、出来なかった。
 重い足音が縁側づたいに遠ざかり、庭へ降り、道路の方へ、出て行って、消えていった。
 気配が消えると同時に俺も気を失った。
 日の出前、女房が帰って来た。すぐに裏手の縁側の俺の元へ急いで行くと、何だかねばねばしたものを、踏みつけ滑り、ぞっとしながら、声をあげた。
 しかし俺は其処に座禅の姿勢をとったまま、気絶して座っていた。
 女房が慌てて、何か叫びながら俺を揺すり、漸く気が付いた。
 俺は女房に支えられる形で抱きしめられると、女房の声を聴き安心した所為か急に見えない瞳から涙がどっと溢れてきた。
「可哀想に、可哀想に。此はみんな私の手落ち、酷い手抜かり…体中くまなく御経の文句を書いたけど耳だけが落ちていた。其処は小僧に任せたはずだったのに…でも、あれがちゃんと書いたかどうか確かめなかったのは重々私が悪かった。…だけど、其れはもう致し方ない。このうえは、ただ一刻も早く傷をなおす事だけを考えて。元気を出して芳一、危険はもう退散したわ。もう二度と、あんな亡者に悩まされる事はないわよ」

 俺は暫く入院して、耳の傷は完治した。
 其して此の不思議な出来事を、エンターテイナーとしての俺はどうしてもほっとくのがもったいなく思え、もう一度此のエピソードと共に『耳なし芳一』という名前で音楽業界に殴り込んだ。
 次の年の夏はあの怪談を語らせたら日本一の稲川淳二とタックを組んで、各地で俺の不思議な体験を語ってもらいながら二人で仕事を回り話題を作り、FUJIROCKではオールナイトイベントに参加させてもらい、草木も眠る丑三つ時の俺の出番の前にも稲川淳二に語ってもらい、其の後俺の超絶テクニックを披露してやった。其の夜は大盛り上がりだった。

 其して俺はまた日本のオリコンチャートを騒がす存在になり、人気も昔以上になったが、一方ワイドショーに出ては『耳なし芳一の人生相談』などと云う馬鹿な仕事も引き受けなくてはならなくなったが、其のかわり4年後には寺の横に新しく家をキャッシュで建てた。

            了