平成元年の2月28日。
小学2年の私の世界が終わった。


幼い子どもにとって、お母さんっ子の私にとって『母=世界』だった。
そんな母が交通事故で他界。


私の世界が崩壊した。


小学2年の私は本当に多くのはじめての感情で・・・いろんな想いを知ったと同時に・・・生きている意味を失った時でもあった。


平成という新年号とともに・・・世界が崩壊した私は、、、平成の記憶があいまいだ。


交通事故当日の我が家の夕飯メニュー。
・・・紅鮭や煮物だった・・・でも母が帰ってくるまで待ってたから食べていない。

母が当日着て行った服装。
・・・黒色の半袖セーターのようなものを重ね着していたような。

事故当日は雨が降っていた。。。

泣いても泣いても涙が枯れない。

亡骸のまくらもとに何故か立つ母の姿
(他の人には見えていなかったのか、親戚が「何で、あそこにお母さん立ってるの?」と誰もいないはずの場を指さし聞く私の姿を良く言われた)

そんな記憶や、病院でのやりとりやたらい回しにされた病院内。
そして、諸事情で2度やった母の葬式での悔しさ。

後日我が家や学校に来たマスコミ。

そんな悔しい記憶ばかり残り、
その後の小学生生活の楽しいはずだった記憶が飛んでしまっている部分が多い。

ひねくれた閉鎖的な感情を持ち合わせた子供の出来上がりだ。


今だからこそ、閉鎖的なものが無くなり、むしろ開放的になった訳だが、
子供の頃のやさぐれっぷりはひどい(笑)
しかしながら、その経験があるから、今の飄々と生きる怪しい私が完成したのだけど😂


大切なものを突然失った事のある経験は、
後に私への素晴らしいギフトになるのだが、幼い私にはそんなの知る余地もない。

平成も進み、成長もしていくが
信用信頼してる人などいなかったし、捨て身の生活で、死ぬということへの恐れは何も無かった。
むしろ、死んだら母に会えるのでは!?と思うが自ら死ぬということもよくわからず、ただただ無謀なことをする若き日々。
無駄な生活ばかりの若き日々。

もちろん、夢など無かった。
周りが「将来の夢」と出さなきゃいけない状態をつくるから言ったりしてたが、私の本当の夢ではなかった。

ひとりぼっちの暗闇で過ごしてきた気分だった。
(実際は違っていたことに今になって痛いほどわかる)

そんな暗黒時代の平成。
それも、まもなく終わり、新年号になる。

もうすでに暗黒時代ではないし、
実のある生活もしてる。
好きなことも夢も出来た。
そして、大切な人にも気付けて、
宝物な存在の子供たちもいる。

もうそこまで「ひねくれて」ない(笑)
怪しい人物には変わりないが(笑)

平成とともに世界を失い、闇を知った平成が終わろうとしている。

そして、そんな平成最後の母の命日

本当に感慨深いものがある。

本当なら集まって三十一回忌とか(ん?三十回忌か?)やるべきかもしれないが、
それはしない。

だが、酒は飲もうと思う。
母が好きだった酒は何だったかな・・・。
本当は共に飲み交わしたかった・・。
もう私も母であり、あと数年で成人する息子もいるから、それは数年後の息子との楽しみにしておこう。

母が出来なかったことを私は出来る。
母の分まで、私の人生を楽しく過ごそうと再度誓う。

誰の真似でも、誰の人生でもない。
私の人生をだ!

もうすでに色々言われてきたが、そんなの私の欠片しか見ていない人が押し付けてくるだけ。
ちゃんと見ていて、ちゃんと接してくれる人達もいっぱいいる。

それでいい!

これでいい!

どんなであっても、これが私。

今日、命日当日は別の場所にいるから墓参りは前日にしてきた。



新年号とともに新しい感情になりそうな、幼き日々の悔しさ達。

これ、全て文章にしたらきっと一冊の本に出来てしまうくらいある。
どこかで出版しませんか?笑!!

どんな日々であっても、覚悟を山のようにしてきたから「何とかなる」
軽く生きているが、人一倍「覚悟」のある人生だと思うよ(笑)

母の命日。
そして、ここに新たな覚悟をして、
墓前に手を合わせた。

どうか、これからもどこかで見守っていてください。
そして、大切なものは私が守ります。

苦手期間だった2月。
今日で平成ラスト苦手期間終了!

明日からまた新しき日々ですよ(^^)

駄文失礼しました💦
ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
私の見つめる先は輝いています!!
って、あ、これ閃輝暗点だった😂笑!!

人生楽し過ぎる😂😂笑!!