この痛みがお前にわかってたまるか(Ⅰ)

「今よ!!」

…琴音の声がこだまして、刹那、戦いの火蓋は切って落とされた。

まずは先制攻撃として、琴音自身が個室から飛び出して、小鳥遊の周りにいるやつらを蹴散らした。

「な、何だよ、お前ら!?」

「ふふ、なんだと思う…?」

動揺するやつらを尻目に、そう言って、意味ありげな微笑をたたえた琴音の背後に、オレら2人がついた。

「…何なんだよ、お前ら…、本当に…!?」

完全に泡を食らった形の女子5人組(見た目からは分からないが、相当なヤンキーであることは、目を見れば容易に推測出来た)は、怯えた目をして少し後ろに下がった。

(…何だよ、張り合いねぇな)

そう思った瞬間、突如として背後から殺気が立ち上ってきた。


そこから目まぐるしく、景色が展開していく。

オレは、ふっ、と、振り返って相手を見た。

金髪の男。
見た目からして学外のやつ。

そして右手には…、ナイフ。


それを確認していたほんの数秒の間に、相手が雄叫びをあげて、ナイフを握ったまま、こちらに突進してきた。

オレは、反射的にナイフの刃先をよけ、一瞬のうちに体勢を整え、低めの回し蹴りで相手のナイフを蹴り飛ばし、それを手に取った。

これもまた、一瞬だっただろう。

なぜだか、とても長かったような気がするのだが。

「…形勢逆転か?」

ニヤリと笑って、オレは言った。

しかし、小鳥遊をいじめるために、最初から、この空間にいたやつらも黙ってはいない。

「や、やれ!!やっちまえー!!!!」

リーダー格の女子の声が響いて、一斉にオレに襲いかかってきた。


まず、正面にひとり。

真っ向勝負を仕掛けたつもりだろうが、そうして殴りかかってくるのはお決まりだ。

鼻っ柱をへし折るイメージで、顔面に一発。

相手の拳は、オレの頬に当たりはしたものの、力が入らなかったのか、それとも、すでにアドレナリンが出まくっていて感じなかったのか、さほど痛くなかった。

さらに来るやつらを、ひとり、またひとりと交わしていく。

気づくと、後ろでは兄貴と琴音が、オレがひらりと交わしたそいつらの相手を、引き受けてくれていた。

もう、こうなれば、鬼に金棒である。


オレは、ちらりと2人の方を見てウインクしたあと、がら空きになっている小鳥遊の方へ向かい、突然始まった戦闘にぽかんとしている彼女を、何も言わずに抱きかかえて、こう言った。

「…いいか、小鳥遊、飛ぶぞ!」

小鳥遊は、下着姿ではあったのだが、かろうじて、まだスカートと、キャミソールは身につけていた。

…まあ、その格好でも、女子にとっては恥ずかしいのだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。

最初は顔を赤らめて、恥ずかしそうにしていた彼女だったが、オレの顔を見て、決意を固めたように、真剣な目つきでうなずいた。


小鳥遊がいたあたりに、換気用だと思われる小窓があって、そこから落ちていくと、幸いにも、校庭の脇にあるビオトープの噴水が真下にある。

(この位置なら、間違いなく噴水にドボンだな…。ま、校庭の固い地面に頭打って死ぬよりはまだマシってことか)

小窓のサイズも、人は普通に入れてしまうサイズだ。

一度決めたら、引き下がるわけにはいかない。
無茶をしてでも、守ると決めたのだ。

「せーのっ!!!!」

彼女を抱きかかえたまま、深く息を吸って、踏み切る。

(…まさか、こんな無茶まで、することになるとはな)

…そう考えて、フッ、と笑う。

そうして気づいたときには、空中にいて、次の瞬間には噴水に突っ込んでいた。

(…やれやれ、死んだわけじゃなさそうだ)

…そうして、ほっとしたのもつかの間、小鳥遊を抱きかかえていないことにはっとして彼女を探す。

すると、彼女はオレの胸の上にいて、いつものように、けらけら笑っていた。

「無事か!?」

それに反応して、うんうんとうなずいた彼女を見て、オレはまたほっとした。


とりあえず、キャミソール姿で濡れたら寒いからと、着ていたブレザーを彼女の肩にかけ、少し安心していた、次の瞬間。

同じ窓から飛び降りてくる、ひとりの影。

太陽に照らされて、手元が一瞬、キラリと光った。

あの光り方は―

(―ナイフ!!)


どうやら、さっきの金髪野郎が生き返ったらしい。

(…てか、まだナイフ持ってたのかよ…)

やれやれ、こういうやつの相手が一番面倒だ。

(しかも、同じ窓からということは、落下点もここってことか…)

どうやら、小鳥遊をいじめる目的から、オレを制圧するゲームに趣旨が変わったらしい。

刃先はオレの胸へ向けられている。


すうっと、スローモーションで落ちてくるナイフ。

(…この痛みが、お前にわかってたまるか。傷つくなよ、小鳥遊)

…それを見たオレは、ニヒルな笑いを浮かべて、手首を太陽に透かした。

「小鳥遊、下がってろ。…ここはオレのターンだ」

そうして、少し彼女が下がったのを見計らって、ナイフの落下点に手首を突き出した。

瞬間、オレの手首に冷たく突き刺さったナイフ、吹き上がる鮮血。

(…いつ以来だろうな、こんなにハイになってるのは…!!)

…知らぬ間に、感覚は元に戻っていた。

自分の周りの世界なんかはどうでもいい。

目的を果たせればそれで。

…もはや、ただのサディスティックに取り憑かれた化け物と化したオレと、まだ生きていやがった金髪とのバトルは、吹き上がる鮮血のなか、静かに、しかし勢いよく始まろうとしていた…。

(つづく)