#11 この痛みがお前に分かってたまるか(Ⅱ)

手首にナイフが刺さっている、なんていう光景は初めて見た。

自分でも、なんと言っていいのやら、形容しがたい光景だ。


…まあ、小鳥遊が傷つかなければそれでいい。

オレが傷つく限り傷ついて、彼女を守れるのならそれで。

え、そんなものは偽善だ?

そんなもん、とっくに知ってるさ。
ただ、オレが今からしたいことに異議は認めない。


もし、あるとするなら、その時は――。


「いくぜ、常識を蹴っ飛ばす!!!!」

そう自分に言い聞かせて、きっ、と前を向き、息を吐いて、呼吸を整えた。


――そんなもの、こっぱみじんにしてやらぁ…!!


狙いすまして、真正面にいる、イカれた金髪に突撃していく。

こうして、オレと金髪の、喧嘩という名の、魂の削り合いが始まった。


「うらぁぁぁ!!!!!」

雄叫びをあげながら、まず一撃、地面を蹴って飛び上がり、相手の顔面に飛び蹴りを見舞う。

金髪も負けじと拳を振るうが、さっきのが相当効いたのか、少し足元がおぼつかない。

しかし、ペースをつかんだ金髪は、左右の手から強烈なパンチを連続して繰り出し、これをオレは交わしきれずに、顔面に受けた。

すかさず、また一撃。
今度はみぞおち、さらには首筋を手刀で叩く。

苦しみだしたところに、さらに顔面に、間髪いれずに強烈な右ストレート。

相手の足がふらついたところを、オレは見逃さなかった。

そして。

(こいつの軸足は…、右だな!!)

体勢を立て直そうとする時に一番最初に踏み込む足は、普段、無意識で立ち上がるなどの動作をするがゆえに、相当意識的にしないと変わることはない。

そこさえつぶせれば、勝ち目はあるのである。



…もはや、双方、血だらけになり始めた、この魂の削り合い。

…一瞬の隙をつく。

みぞおちに拳を連続して見舞い、さらにふらついたところに、右足の膝に蹴り。

金髪は、ふらふらしながらも、まだ前を見据えている。

だが、目はもう虚ろだ。

「あんた、何者だよ…?全然攻撃が見えねぇんだが」

息を切らしながらもニヤリとして、金髪が聞いてきた。

「ただの凡人じゃねぇってのはわかると思うけど、あんたにはそれ以上分かんないよ。見えないんだろ?オレの拳。ラスボスにしては弱いよ、あんた」

オレもまたニヤリとして返す。

相変わらずナイフは手首に刺さったまま。
そんな狂気の沙汰のなかで、オレは戦っていた…、いや、生きてきたのだ、今までも。

今さら、人生の気だるさとか、そんなものを狂気の沙汰で受け止めてきたことにも驚きはしない。

はっきり言おう。
人生なんざ、クソゲーの極みだよ。

「…その腹の据わり方、あんた本当に高校生か?血だらけになった上、その手首に刺さったナイフ、そのままで戦うなんて、オレ、あんたみたいなバカ見たことねぇよ。痛くねぇのか?」

金髪はおどけて笑った。

「…少なくとも、今は違うかもな。それと――」

オレは、そして、もう一度全速力で金髪に突っ込んだ。

「――大切な人を傷つけられた、この痛みが――」

拳はもう一度みぞおちに入って、オレは、えぐるようにしてその拳を抜き取った。

「――お前に分かってたまるかよ」

…金髪は倒れた。



…気がつくと、オレまで倒れていて、病院のベッドの上に、そして、その隣には泣き腫らした目をした、つばさがいた。

「…つばさ…?」

オレがそういうと、つばさは大粒の涙を流した。

「祐一!!あたしだよ、わかる!?」

「あぁ、わかるよ、大丈夫」

よかった…、と、ほっと安堵の表情を浮かべた彼女の顔は、やっぱり、きれいだった。



…しばらくして、オレはつばさに尋ねた。

「…なあ、みんなは?あのあと、オレが倒れたあと、どうなったんだ…?」

金髪が倒れて、そのあと、ある意味第2の金髪であるオレが倒れて…。

問題はそこからだ。


兄貴や、琴音、そして、小鳥遊はどうなったのだろうか…。


すると、よほど心配なのが顔に出ていたのか、つばさはオレの顔を見てクスッと笑った。

「…まず、校庭で祐一が倒れたとき、LINEで琴音ちゃんに連絡してくれたのが、小鳥遊さんで、琴音ちゃんからあたしは聞いて、ここに来たの。達哉さんは、やり残したことがあるから、って、どっかに消えちゃったけどね…」

「ってことは…?」

「うん、全員無事!」

彼女は満面の笑みで答えた。

「本当か!?よかった…」

…これで、終わったんだ、全部…。

おそらく、もう小鳥遊のことをいじめるやつらもいなくなる。

もし、これでいじめたら、また『すごい連中』が来てしまうし。

そう思えば、手出しもしないんじゃないだろうか。



…この戦いのあと、オレは彼女の前から完全に姿を消すつもりだった。

けれど…、どうやら無理らしい。

まだ、安堵の余韻に浸っていると、病室のドアをノックする音。

「小鳥遊さんだよ!」

つばさが嬉々として言った。

「え、あいつが来るのか!?」

「琴音ちゃんが呼んだんだって~。ほらっ!」

そう言って見せられたのは、琴音のLINE画面。

そこには、こう書いてあった。

『あいつに見せてやって 決闘お疲れ様!小鳥遊ちゃんをあんたの病室にご招待したからよろしく~(^^ゞ』

(え…、えええええ(_´Д`)ノ~~)

…顔文字で表現しなければならないほどに事態が飲み込めないまま、つばさは「どうぞ~!」と、ドアの外にいる小鳥遊を招き入れてしまった。

…いやはや、オレの覚悟とは一体?
こうなると苦笑いするしかない。

小鳥遊は、部屋に入ると、恥ずかしそうに会釈して、つばさの隣のイスに座った。

しかし…、何かがいつもと違う。

この違和感…、なんだ?


すると、いきなり、オレは小鳥遊に最初にあった日以来の衝撃を受けることになった。

つばさがニコニコとしながら、小鳥遊に小声で「ほら、祐一に言いたいんでしょ?」となにやら発破をかけ、しかも、わざとらしい仕草で「あ、あたしコンビニ行かなきゃだった~」(しかも棒読みで)と言い出して、病室から出ていってしまった。

…その直後だった。

「あ、あ、あのねっ、日高くんっ!!…大好き!!!!」

…その声は、紛れもなく、無機質な文字データじゃなく、彼女自身の声だった。(つづく)