日常の罪悪感と日常の中の死 | ばいばい

ばいばい

遥か望む彼方の光
君を照らし出さなくていい
狂おしい花びらを舞い散らせて
堕ちる桜を抱いて 眠る

月花はどうやら、自分の苦痛を表現できないらしい。
だから、というのは語弊があるが、
洗い物をしてもらうのに罪悪感があるらしい。
その論理はこうだ。
我が家の家長は自分である。
よって、家の仕事は炊事洗濯料理掃除買物に至るまで、自らの手のみによって行われるべき。
で、ある。

ただし、月花は洗い物がかなり苦手だ。
潔癖症故に洗剤のついたスポンジも汚れた皿も触れない。
当然といって良いのか、洗い物の後は風呂に駆け込む。

ならば、問題を感じない人間に任せるのは間違ってはいないと思うが、
刷り込みとは恐ろしい。

この場合は虐待に含まれると思われるが、
月花たちは小学生で草むしりと掃除と洗い物が課せられ、小学校には通わなかった。
中学時代は料理買物を含め、家中の家事をした。
当然学校には通っていない。
高校入学に当たって親はもちろんふざけたことを言い出した。
「将来養ってもらうから」
高校入学決定。
幸い、家事に追われたものの、更には通信制しか道はなかったものの、学業を心底楽しめた。
そして、統合失調症発症。
どうせ、結婚もできないんだからと金目的の男の元に連れて行かれてレイプ。
母親がもらった金にほくほく顏で帰ろうと言ってきたので、俺たちに同情したと思しき男に一人暮らしの情報を与えられ、家を飛び出した。

月花は長年飯炊き女の奴隷として生きてきたので、何でも自分でやらなければとんでもないことになるという思い込みがある。

月花の苦痛は数多い。
今更あげつらったりはしないが、何かしてもらうと罪悪感を感じ、何か代わりにしなければと思うらしい。

恋人に対しては構わないし、長続きしそうで良いとも思うが、喜んで貰えなかったり、今は喜べないと言われるのはショックらしい。
随分、情動が発達した。

本人としてはケーキを今は喜べないと恋人に聞きたかったようだがそこまで気にしていない。
食事を喜んで貰えなかったのはショックなのと多少恨んでいるらしい。
よくは覚えていないが、疲れているだろう、空腹だろうと朝っぱらから作っていた。
主婦にはままあることでもあると思うが。

ここで、苦痛である。
美味しいものを作れなかったからいけないんだ。と。
そんな訳はない。
味見もしたし、味覚の地域差もない。
ところが本人からすれば彩りやら煮込み方やら盛り方に問題が出てくるらしい。
どっぷりと罪悪感に浸った挙句、自殺騒ぎになった。

当人はこんなの原因の欠片でもないというだろうが、ここで多少適当な見方ができればいなくなれば良いとはなりにくいだろう。
因みに死んだ後に降りかかってくる処理についてまさが語っていたがそれもまた、自殺未遂の遠因となっている。
他人の死体を抱き締めるのはもう真っ平だから、誰よりも早く、
死なれる前に死ぬ。

死生観の話をしたことがあり、月花の恋人は阪神淡路大震災で変わってしまったと言っていた。
その頃正確に誰だったのかは判然としないが俺にも記憶がある。
ポリ袋に詰められた小さな、生まれ損ねた弟を抱き締めて、せめて、温もりを与えようとしてもどんどん冷たくなっていき、かたくなる身体を抱き締めながら、今、部屋に入れてと母に頼めば憐れな弟は捨てられる。そう思って、冬の寒い中、ぐずぐずと泣きながら弟を抱き締め続けた。せめて、形がある内は生きていると信じていた。
父親が帰宅し、俺は室内に入れられ、弟は抱かれることもなく、袋ごとつまみ上げられ無表情な母親を連れた父親と共に消えた。
弟は当然ながら帰っては来なかった。
俺の死生観は崩壊した。
赤黒い弟は新しく生まれたピンク色の弟とは似ても似つかなかった。月花と藍花は弟をとても可愛がったが、月花が弟の皮膚をつまんで昔はこんな色だったと言った。

人間というものは儚く代替のあるモノなのだと思った。
例え、覚えていなくても、そして、思い出した今、死は途轍もなく身近だ。
1歳の子供にも抱けるほどのものだ。


Thank You


クリーマ



ミンネ


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