「あっぶねーな!!ちゃんと横見とけやオラ!」


その声の方向に目をやる。


前を歩いていた愛華も何事かと後ろを振り返り様子を伺っている。


その主は、自転車にまたがりこちらに向かって罵声を浴びるおじさん。
紺色の帽子を深くかぶり、少し白髪混じりの髪の毛が帽子からはみ出ている。
風貌を見る限り5,60代だろうか。



正直こちらは何も悪くない。そこまで大声をあげられる意味もよくわからない。


蓮「すいませんでした。」


おじさん「ほんっとによー。」


蓮「すいません…」


蓮の謝罪を聞くとおじさんは何も言わず、再び自転車にまたがって前へと消えていった。



蓮「大丈夫だった??」

私「う、うん。私は別に」


蓮がとっさに握った手はまだ繋いだまま。
握られた手を自分から離すべきか、それともそのままにすべきか。どちらにしても勇気がいる。
私から離せば蓮は嫌な思いをするのだろうか。


蓮が手を握りしめているので私は結局そのままにしておいた。



愛華「なんなの?今の??」
と私たちの元へ歩み寄る。



愛華は繋がれた手に気づいたのか気づいてないのかわからない。しかし彼女は何もそこには突っ込まなかった。



蓮「あのおっさん後ろからベルも鳴らさず、こんな狭い道でスピードも緩めず突進してこようとしてたんだぜ。俺が後ろ見てなかったら久美子ちゃんにぶつかってたよ。」



愛華「えー!それであんな怒鳴ってんの??私らなんも悪くなくない?」


蓮「まあー世の中にはそういう人もいるんだよ。」



私は正直おじさんよりも蓮から伝わる熱の方が気が気で仕方なかった。



愛華「やっと駅ついたーもう足疲れたー。」


そのとき既に朝の9時を迎えようとしていた。



駅の改札口に向かうとき
蓮「あ、今度シン〇〇〇見に行こうな笑」
手を離されたと同時に蓮がそういった。


私はうん。と軽く返事をしただけだった。


信じてない。営業かもしれない。信用してはいけない。傷つくのは自分。


そのことが返事をすると共に脳裏によぎった。


新大久保駅からいつもの住む町への電車に乗る。



休日の朝の座席は十二分に空いている。


愛華と隣を座る。


愛華はなんの言葉も話さない。
疲れているのだろうか。


愛華が何を考えているのか、蓮が奥底では何を思っているのか、そんなことを頭の中で詮索しながらガタンガタンという音と共に意識は次第に薄れていき、非日常の景色は日常の景色へと変わっていった。