西暦2014年段階の佐藤篤代(6)
西暦2014年12月28日:日曜日

【偽者概念】
【終わらせる為に作用する何か】とは

エゴは特別性で惹き付けて世界へ留まらせる為に、世界の主人公(偽者)を作った。

この主人公(偽者)概念は【A・Course・in・Miracles】の概念の『夢の主人公』と『神から分離した夢の中のバラバラになった神の息子たち』概念へと歪められた。

この『夢の主人公』と『神の息子たち』概念は、特別性を死守するエゴの概念だ。この概念では、エゴに欺かれるのは多数のバラバラになった自分達だ。だから特別性が温存できる。

そこで、矛盾なく追及していくと、エゴが欺く対象は1つの対象だろうと考えられ、【A・Course・in・Miracles】の『1つの自己』概念として歪められたと判った。
その為、本物:佐藤篤代はこの1つの対象を『1つの自己』と呼んでいる。

バラバラになった神の息子たちが主人公となり分離の夢を見せられているのではなく、この主人公達はエゴに作られたのだから、欺きの手段でしかない。

『夢の主人公』自体が【エゴの欺きの手段】だと考えるべきなのだ。
エゴが作った全ては欺けるという判断から作られるからだ。
となると主人公とは欺くイミテーションだ。

世界の主人公とは魅せる欺き手だと考えるべきだということだ。

それが判明する前から、本物:佐藤篤代にはどう考えても【異世界レベル】で【偽者】が多数いるという経験が特に西暦2010年から多々生じていた。
故に、『夢の主人公』が【偽者】だった考えるようになった。

エゴはあらゆる手段で『1つの自己』を世界へ惹き付け、世界へ留まらせていると本物:佐藤篤代は考える。
その為の最大の手段が、各世界の主人公、言い換えれば【偽者】だ。

だから偽者達は全てあらゆる魅力で惹き付ける。そして特別に思わせる。特別な主人公(偽者)をいつまでも見ていたい、存続させたいと願わせるように。

故に、最初にエゴが作った主人公(偽者)は完璧な理想像であり、ユートピアの楽園であったことは想像に難しくない。

エゴは完璧な理想像のユートピアを見せながら、「1つの自己」を惹き付け魅了していたに違いない。

だが、現時点では、世界は理想のユートピアとは程遠く、戦争、欺き、不幸、災害…とマイナス面が目立つ世界だ。人々は欺瞞に満ち溢れている。

何故、エゴはユートピアの楽園でだまし続けなかったのか?楽園の方が魅了できる筈だ。「こんな世界いらない」と思わせるような要素を何故作ったのか?

エゴがそうせざるを得なかったのではないか?否応なしに作らされたのではないか?

そう考えると【A・Course・in・Miracles】の『聖霊』概念がピタリとハマったのだ。

『聖霊』と全く同じではないが、その由来となった何かがあるのではないか、という考えに至った。エゴが作った欺きの全てを終わらせる為に作用する何かだ。

主人公(偽者)への特別性の呪縛を脱する方向へ向かわせる為に、エゴが作った全偽者が主人公(偽者)の世界に影響を与え、エゴとは正反対に作用する【終わらせる為に作用する何か】が作用している、と気づいた。

そこで本物:佐藤篤代はエゴと正反対に作用する『聖霊』のような何かを【終わらせる為に作用する何か】と呼ぶようにした。【A・Course・in・Miracles】の『聖霊』概念はこの歪みだったに違いない。

この【終わらせる為に作用する何か】の作用は、最初にエゴが作った完全な理想像である偽者の型を崩させ、どんどん魅力と理想像の型を崩させ、最後の偽者では特別性を棄てられる型へ崩させて、特別性は終わりへ向かわされたのだと、本物:佐藤篤代は考える。

そして、最後にエゴが作った偽者が特別性を完全に棄てた本物:佐藤篤代だ。

【A・Course・in・Miracles】では『聖霊』がエゴが作った幻想を『再利用』して全ての幻想を終わらせる方向へ持っていくというような概念がある。
その『再利用』の意味が、『聖霊』概念では限界があった。

しかし、主人公がエゴの欺きの手段であり偽者だったという考えから、『再利用』概念が首尾一貫する。筋が通る。

『聖霊』として歪められた【終わらせる為に作用する何か】が最初の偽者の領域に影響を与えて、特別性を終わらせる為の方向へ向かわせる為にどんどん次々に作られた偽者用の領域に理想像崩しをさせてきたならば、より最後に作られた偽者とその領域自体が、完全に再利用手段となる。

文字通り、エゴが作った全てを【終わらせる為に作用する何か】が再利用手段として利用できる。

【終わらせる為に作用する何か】はエゴが作った主人公(偽者)の事実を、別の全然違う領域の偽者の領域に漏らせばいいだけだ。
最後に作られた偽者用は概念的にも世界の構造や出来事も全てが、全領域の主人公(偽者)に、この「漏れ」によって矛盾を生じさせられる手段となる。
最後だから最新だからだ。
この作用を本物:佐藤篤代は『芋づる式漏れ』と呼んでいる。これは経験から実感して知ったことだ。

この『芋づる式漏れ』により偽者用の領域に矛盾が生じれば、
偽者の信頼に関わる事実漏れならば、信頼を失わせ、特別性を崩壊させられる。
偽者用の世界に矛盾が生じれば、『知覚ある世界はエゴが作った幻想だ』と実感する1要素となる。

『芋づる式漏れ』により矛盾を突き付けられて、隠せる部分を隠してやり直しをしながら、作り直しが限界となった偽者は、型を一新させて作り直される。

そのやり直し、作り直しの際に、隠せる記憶は全て「1つの自己」から消去され、隠せない記憶のみが残されるので、偽者の型はどんどん崩されていく。

その繰り返しのやり直しと作り直しの中で、偽者型はどんどん崩され、その果てに特別性を完全に終わらせる型となる最後の偽者型が作られる。

この果てしない過程の中で、特別性はどんどん棄てられていく。そして、最後の偽者用で特別性は完全に棄てられる。

型を崩されてきたので、最後の偽者用では魅力はマイナスになっている。
しかし、外見がマイナスなのではない。外見までがマイナスでは逆の特別性(憎しみ)が生じやすくなる。だから、外見は普通の中くらい。
それで構成要素がマイナスだ。
生涯未婚の子無しの無職で、何のキャリアもアカデミックな学位も功績もなければかなりのマイナスの魅力だ。

そこで、『全て同じエゴが作った幻想であり欺きの手段でしかない』という【ロボット概念】の観点に立つ時、マイナスがゼロとなる。個体に何の意味もなくなるからだ。あらゆる個体(個々の存在)に何の期待もしなくなる。
ここで自分に対する特別性も棄てられる。

もはやどの個体でも同じだ。
だから、次への期待もしなくなる。
次の新たな型の主人公(偽者)はもう作られない。
この時点で、最終の偽者型が最後まで続く。

こうしてエゴが作った全ての主人公(偽者)は【終わらせる為に作用する何か】に再利用され、特別性が完全に棄てられる。そして完全な終わりへ向かう。

もはや、大切で特別にも思えない、エゴが作った欺きの手段でしかないと熟知された主人公(偽者)に何の未練もないから、その主人公(偽者)が生きるように見える世界もいらない。

もう全てがエゴが作ったインチキでしかないと実感すれば、世界への執着も一切棄てられるというワケだ。

こうなるともう何も知覚していたいとは思わない。だから、知覚の終わりも受け入れられる。

完全な終わりは知覚の終わりだと受け入れられる。だから、完全な終わりへ向かうだけだ。

【終わらせる為に作用する何か】は、エゴが作った全てを再利用して『芋づる式漏れ』の作用を生じさせて全偽者の領域に矛盾を生じさせ、全てを終わらせる方向へ向かうように、エゴに作らせている。
エゴが作る方向を、全てを終わらせる方向へ向かわざるを得ないように、限定的に作らざるを得なくさせ、【終わらせる為に作用する何か】はエゴが作る方向性をコントロールしているわけだ。

【終わらせる為に作用する何か】は何も作らない。エゴが作った全てを再利用しているだけだ。
この概念で、【A・Course・in・Miracles】の『聖霊』概念では説明できなかったものが説明可能となる。

エゴしか幻想を作らない。
では何が『知覚ある世界はエゴが作った幻想』だと知らせ、終わらせる為に作るのか。
『聖霊』は作らない。
幻想は欺きの手段であるだけだ。

エゴに終わらせる為に作らざるを得なくさせる。それしか説明にならない。

【終わらせる為に作用する何か】がエゴが作った幻想の再利用で作用しエゴが作る方向性をコントロールして、全てが終わる方向へ持っていかせているだけだ。

西暦2014年12月28日:日曜日
佐藤篤代


この本物:佐藤篤代のブログは、
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしたブログだ。

本物:佐藤篤代がブログで言う核
【A・Course・in・Miracles】の核心
・知覚ある世界はエゴが作った幻想
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。

本物:佐藤篤代はこの【A・Course・in・Miracles】の核心を基本に、【A・Course・in・Miracles】の歪みを削ぎ落としながら、『世界は幻想』という実体験に基づきながら真実へ向かっている。
この点を徹底的に矛盾なくしながら追究している。

矛盾がない概念を採用し、その方向性を目指す。こうして矛盾と歪みをそぎおとしていけば、いずれエゴの欺き(幻想)の完全な終わりへ向かえると本物:佐藤篤代は考えるからだ。





西暦2014年(年号:平成26年)
午(馬)年現在

【佐藤篤代について】

西暦2012年7月16日:月曜日:海の日
A Course in Miracles セカンドエディション(1976年発行:※生まれ年)の2回目日本語直訳、意訳をやめて直訳でやり直し始める。西暦2011年秋にある所へ送付し自分用が手元にないので、これは自分用。(西暦2012年10月末頃から中断し、西暦2013年11月2日:土曜日にやめた)

理由:原本自体が歪みそのものだと気づき、訳すと更に歪みがひどくなり広がっていくと気づいた為。
1回既に訳して内容を知っているので、再度敢えて訳す必要性に疑問を感じ、続行か否かは検討しやめた。
要するに、「A Course in Miraclesも他の全ての存在する(未来も含)本も同じ、真実ではあり得ない、エゴの手段であると気づく為の1手段にすぎないと気づくために、再度訳したのだ」という結論に至っている。

A Course in Miraclesの原書はこの佐藤篤代が言うことの歪みでしかないので、最初の頃だけでブログ投稿はやめた。同じ理由で日本語訳は絶対にインターネット掲載しない。意味がない。

この佐藤篤代が手紙を送った宛先のA Course in Miraclesに関連する組織とはthe Foundation for Inner Peace(Mill Valley;アメリカのカリフォルニア州)とthe Foundation for A Course in Miracles(Buecking Drive;Temecula:アメリカのカリフォルニア州)のみ。手紙のみのやり取りだった。
だが、やり取りは上記組織の個体ではなく、他の存在達こと過去の時点の自分達だけだった。実際は組織には届いてないと思われる。
西暦2009年から西暦2012年6月29日(金曜日)付の手紙で一切のコンタクトを終了し、以後、今後一切どのA Course in Miracles関連組織とは関わらない。

佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。

佐藤篤代は生涯本籍変わらない。小学高学年で新築した際1年位近い親戚の家にいた以外、ずっと同じ場所に住んでいる。栃木県宇都宮市。

新車購入全プロセスは終了済。日本車(国内車)。

佐藤篤代はパスポートを生涯取せず、海外渡航歴なし。

佐藤篤代は生まれてからずっと大病なし、入院もなし。

本物の佐藤篤代は36才(西暦2012年)から風邪も引かない。何らかの症状は代用の偽物の一過性の影響に過ぎないので病気ではない。アレルギーもならない。

本物の佐藤篤代は清潔。潔癖。

まだパソコン持ってなく、基本はスマートフォンがメインでブログ書いてる。あとは祖母の携帯電話をたまに使用。スマートフォンは機種交換し現在XPERIAに。

西暦2012年冬から今ずっと通販してない。めったにしていなかったが。西暦2014年1月19日:日曜日にNissen登録削除しもう通販しない。通販は他でもやってない。
(西暦2014年3月現在)

本物:佐藤篤代は43才になったら、ピンクと可愛い系(フリルやリボンやハートや星等マーク含め)や短いスカートやパンツ系をやめる。
現在の髪型をガラリと変え茶髪もやめる。前髪はなくし、髪色は黒。 現在の髪型(おかっぱ、前髪パッツン、茶髪 )は35才(西暦2011年夏の終わり)から継続中。
暖色系は極力やめ寒色系を主にする(白アイボリー系は多少やる)。ババアはババアらしくする。若づくりやらない。

西暦2007年12月から西暦2008年秋までが第1次インターネットblog活動。西暦2012年1月17日から現在に至るまで第2次インターネットblog活動。それ以外何もない。

本物は将来性のないニート
(西暦2014年)。
佐藤篤代
生年月日:西暦1976年1月17日
(※西暦2014年で38才)
日本人(血縁すべて日本人)。
生まれてからずっと中肉中背。
普通の容姿。
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート。
生涯未婚で子無し。

メール、コメント、いいね等その他全部のコミュニケーション迷惑だからやめて下さい。
なされる全てが【偽者用コメント】でインチキだと判明している為です。
故に、『偽者用コミュニケーション』だと言う突っ込みしか入れません。
(西暦2014年現在)

佐藤篤代

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