川の神様・水の神様は龍だけではありません。





かなり有名なアレも、水の神様ですね( ´ ▽ ` )ノ







アレとは河童。





中国では河伯と言って、水の神様なのですけど。

日本では妖怪ですからね(笑)

なんでそうなっちゃったのでしょうか(;^_^A




実は駒ヶ根市は、河童の街なのです。


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⬆︎公園の車止め



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⬆︎橋の欄干




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⬆︎観光PRキャラクター 「こまかっぱ」ちゃん。



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⬆︎かっぱ館

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⬆︎かっぱ館のポスト(笑)



なぜ、こんなにも、河童なのかというと、



駒ヶ根市には、河童伝説があるからなのです(・ω・)ノ




河童の加減湯



その昔、大田切川が天竜川に合流する辺りに「下り松の淵」と呼ばれる淵があり。

そこに河童が住んでいました。



江戸時代中期の寛政年間に大きな洪水が起こり、川の流れが変わり、河童が住んでいた淵は干上がってしまいました。


「水がなければお皿が乾いてしまう」


と困り果てていた河童の前に、

高遠藩の川奉行 中村新六が馬に乗って見廻りをしにやってきました。


河童はこれ幸いと馬の尾に跳びつき、驚いた馬に引きずられ、

だんだん尻尾が身体に絡みつき、動けなくなってしまいました。

とうとう、新六の屋敷の馬屋までついてきてしまいました。



馬のしっぽに何かついている事に気付いた新六は、その河童をこらしめようとしましたが、

「助けて下さい」

と頼み込む河童が、かわいそうに思い。

今後絶対いたずらをしない約束をして、屋敷の裏側に池を作り、そこに住まわせました。


そして、助けられた河童は、お礼に痛風の妙薬「加減湯(かげんとう)」の作り方を教えてくれ、


中村家では以後150年もの間、河童に教えてもらったその薬を販売し栄えました。






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中村新六奉行の末裔が、駒ヶ根に住んでいるそうです。




なんと、この中村家には、



河童を住まわせたという池が残っているのです。



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1メートル程の池だそうです…小さいですね…。





中村家の伝承によれば、



河童は30センチ程の身長だったとか。






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小さな河童が、描かれてますね。








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⬆︎中村家に現存する、河童の加減湯。




薬事法により、

河童の加減湯は作られなくなったそうですが、



たくさんの方が救われたお薬だそうですよ。







ロマンですね~( ´ ▽ ` )ノ






つづく。







いつもありがとうございます(≧∇≦)





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写真は、一部SBC様よりお借りしました。