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【神奈川全国】色で楽しむランジェリー&おっぱいケア

バスト&ランジェリーの個人メニュー/スタイリスト/ランジェリーフォト/ファーストクローズアンバサダー/

 

 

ブログには書いてなかったような気もしますが

10月に東京引っ越しに向けて準備をしているところです。

 



まだお部屋が確定していなくて

詳細なことは書けないのですが・・・




 

10月をリピーターの方のみの準備期間とし

11月から新メニューでのご予約受付をスタートしようと思っています。

 


 



 

 

昨日まで1週間ほど東京に滞在していました・

 


これまで東京は出張で仕事に行く場所で、

いつか暮らしてみたいなーとは思っていたものの、


まさかこのタイミングで決意することになるとは・・・という流れだったのですが。



 

 

暮らす街として歩くようになるといままでとは違う視点で景色を見るようになったのが

私的にとても面白くもあります。



 

今まで気にしたことがなかったスーパーがどこにあるのかとか

生活用品をどこで買い物するのかとか

夜歩いてて暗くないかなーとか

どこからどこまでがあるける範囲なのかとか・・・・

 


 

たまに行くのと実際に暮らすのでは

街は全然違って見えるし

こうやって、また新しい街を知るのが、

私は好きなのかもしれない。

 

 


引っ越しもたくさんしてきて、

愛媛の実家→松山→広島→福岡と

暮らす場所を移してきて。


 

出張でも全国各地に行って。

現地の人とかかわって。

 

 

そうやって見た景色や、

出会った人たちは何にも代えられない

宝物だなって思うのです。

 



 

そんな私も、今回の東京引っ越しに関しては

たぶん人生で一番とも言っていいくらい覚悟が必要だったかな。

 

 


それは仕事の面でもだし

自分の内面的なものでも。

 


 

人もたくさんいれば、プロフェッショナルな人もレベルの高い人もたくさんいるなかで

どうやって自分がやっていけるのかなんて、勝算なんてなにもない。

 


 

でもそれでも、自分の中から湧いてきた

行きたいって気持ちを抑えられなくて

もう、後戻りすることは絶対にない。

 

 

安心、安全、平和ってことに興味がなさすぎる私だからもう仕方がない。


 

 

そんな東京でも今回はちょっとほっこりする時間も過ごしました♪





 

avexと同じ階に泊まってて、

ずっと観察してた(笑)




 

ヒルズで映画見たり

ジャンクが食べたいよねwwってがっつりなハンバーガー食べたり(笑)


 





 


暮らすって決めたからたまには

お休みをつくろうとできた余裕。

 

 




何日か過ごしてみて

ますます表参道の街が好き。




 


 




昨日今日と、東京都葛飾区・堀切菖蒲園にて開催の 西野亮廣さんの絵本「えんとつ町のプペル」の光る絵本展のボランティアをしてきました。




↑初日ボランティアメンバーと♡



このイベントの発起人は
わたしの友人のたまみさんという女性です。


「地元への貢献がしたい!!だからこの絵本展を地元で開催したい!!」


彼女からその話を聞いたのは1年以上前のことでした。


最初に西野さんのいる場所にいき、いきなりプレゼンをしたと聞きました。

時間を奪われるのが嫌いな西野さんに対して
ちゃんとできなかった…と聞きました。

普通の人ならここで諦めたかもしれません。


でも彼女はここから、行動をし続けたのです。


西野さんのいる場所へ度々足を運び、
そして話しかけにいき
きっとわたしが聞いていない話もたくさんあって、ものすごく努力したんだと思う。



そして今年の春。

「9月にプペル展、決まった!!」

そう連絡が来ました。


彼女の地元愛とこのイベントへの
並々ならぬ思いを知っていたので

どんなイベントなのかもなにも知らないまま
「手伝いに行くよ!!」と即答していました。


福岡から来たというと驚かれたけれど
本当に本当に数えきれないほどの困難を乗り越えて友人が実現したこのイベントに行かない理由はなかったのです♡



そして迎えた当日。
週間天気予報はもともと雨だったのに
日に日に変わり、両日とも曇りや晴天!!




わたしは両日物販ブースで
西野亮廣さんのサインの入った本を
販売する担当でした。



16時からの販売スタートでしたが
1時間前から列ができ、数分で完売!!



西野さんと絵本の人気を肌で感じました。
  


絵本をパラパラと読んでいく子供達。





2歳の子も絵本に釘付け♡


そして目の前でパパに読んで😍と
読み聞かせをおねだりする女の子。



隣のブースでは
帽子を作るワークショップ。


 


帽子をかぶせるとポーズをとっちゃう
みんなをとりこにした一歳半の可愛い女の子♡
 


公園の中は元気な子供たちの笑い声で
あふれていました。





とにかく親子の笑顔があふれていて
わたしも愛媛の地元を思い出したり
とても元気をもらったり
わたしの方が楽しませてもらっていた。


来た人たちが笑顔で帰っていく。
地域の方達が創り上げた1つのイベント。

もう、最高でした♡




写真が貼りきれなくなりそうなので
光る絵本展と感想は次のブログにて♡







今の私しか知らない人は
いつもポジティブで前に進んでいて
新しいことに挑戦して切り開いていく。

いつも全国を飛び回っていてアクティブ。



そんなイメージを持たれているでしょうか。



これまでも過去については
いろんな場面で書いてきましたが
18日の誕生日を前に
決意したことを含め
少し書いてみようかなと思う。




この秋、東京の大好きな街に
引っ越すことにしました。



私は人にも場所にもものにも
あまり執着がなくて
同じ場所、同じ人とずっと生きるのが向いてない。


群が嫌いで、女子的なグループとか仲間意識のようなものが超絶苦手。



常に動いていたいし、流れていたい。



表参道に住む!
そんな話をするとこの人はすごく稼いでいて
キラキラして、高級志向。
一般的にはそんなイメージでしょうか。



でも、私の人生は決してサクセスストーリーなどではありません。



***







私は愛媛の電車の駅までも1時間かかるような
田舎で生まれました。


子供の頃は、道も整備されておらず松山まで車で4時間以上もかかったような場所。



長女として生まれ、妹がいて
父と母がいて、なんの問題もない家庭。


子供の頃の記憶があまりなくて
私の記憶と人の記憶は違うかもしれない。


私は小学5年生の頃に
両親に相談する、甘えることをやめました。

小学6年生の頃の私の悩みは
自分の存在価値について。笑笑

「私が生きている意味は何??」
「私の存在価値は何?」

6年生の秋にそんなことに悩み始め
私の人生のながーいどん底期が始まった。



これもまた側から見れば
大好きな音楽部を楽しんでいたし
勉強も人並みにはできたし
なんかそれなりにふつうの中学生、高校生
だったかもしれない。


だけどいつも心の中では
自分の生きる意味や価値について悩んでいて
孤独を感じてた。


そんな思春期の救いは浜崎あゆみの歌でした。

当時、キラキラして見えたあゆから紡ぎ出される詩は、私の心を代弁しているかのようで泣きながら聞いてた。

「こんなにキラキラした人でもこんな風に感じるんだ」ということが生きる勇気になっていた。


誰にも話せない心の闇はそうやってなんとか納得していたけれど、私は、いつからか自分を傷つけることで、自分を保つようになっていた。



はじめてしたのは13歳でたぶん10年くらいは
していたと思う。


いわゆる、リストカッターというやつ。


そんなことで死ねないことはわかっていたけど
傷つけることで、なぜか安心するというおかしな自分がいた。



18歳の私はただ、いつ死ねるんだろう…
今日死ねたらいいのに…と思いながら

過ぎていく時間をただ見つめて
あー、今日も死ねなかった。
明日来なければいいのに。
目が覚めなければいいのに。

そう思いながら眠りについていた。




そして18歳の春。

ようやく少し前向きになれたと同時に
私は自立を決意した。


それは両親からの自立。


「私は自分の足で立って生きていく!」


そう決めて実家から離れ、
高校生の妹と二人暮らしを始めました。


最初に決めた自立は、経済。
私はとにかく働いた。


働くのが好きなのはもうこの頃からです。


お金が好きとか働き甲斐がとかいうより
ただ、暇な時間を持て余すのが嫌で
3つくらいの仕事をしていました。



思春期のうつから少し抜け出したこの頃の私が
思っていたこと。




過去をうらやまず
未来をみ過ぎず
ただ、今日を精一杯生きてみよう。

明日死んでもいい。
そう思えるくらい今日という日を
生ききってみよう。



これは今でもずっと私の中にある
人生の価値観です。
 


そんな時にできた結婚を考えていた彼氏。

一年半おつきあいして最後はわけあってお別れしたのですが、
なんと彼はストーカーになりまして、
毎日待ち伏せされたり、ポストに恐怖のラブレターがはいっていたり、暴力を振るわれたり。

警察にも相談し、家の周りにはパトカーが巡回していて、パトカーで会社に行ったり、外に出たりしていました(笑)←よく考えたらこんなのなかなかないよねw
今の私が言うと笑いになるけど本気で恐怖の日々だった。

最後は包丁持ってマンションにこられましてね…死ぬかと思いました。


この話だけでも本が書けそうなくらいです。笑



20代は本当に波乱万丈!

一時期は自叙伝を書こうとすべて文字起こししたくらい激しかったです。


ざっとキーワードを並べてみても
結婚、流産、離婚、ストーカー、DV、強姦、痴漢、監禁、他にも友達が連れ去られたり、彼に巻き込まれ反社の人に追いかけまわされたり、、、笑笑


ほんと散々でしたww



今思えば、私が自分で自分を大事にしていなかったからだよなと思う。こんなことばかり起きたのは。



そんな20代。
私の中に一つ、生まれた価値観がある。



19歳頃から私は
1人で東京に行く事を始めました。


 
最初はアーティストのライブだったりして
徐々に人に会いに行くだったり
学びに行くだったり
田舎者からすればハードルの高い東京へ
私はあえて行っていた。



東京の街はとにかく人が多くて苦手。
鬱だった私には人混みなんて過呼吸がおきちゃう。



だけどなぜかこんな事を思っていた。

「ここに来ると、チューニングされる」

ずれた音がピタッと会う感覚で
本来の私になれる街。


東京はそんな感覚で、好き。



当時の私にはよく意味も分からなかったけれど
そんな風に感じていて
約20年が経とうとした今、その意味が理解できるようになった。



東京は私にとってニュートラルになれる場所。
本来の自分というスタンスで生きれる場所。




そしてまだ女性起業が話題にもならないような
10年前の夏、私はフリーランスという生き方を選んだ。







昨日からお盆休みの方も多いでしょうか??


フリーランスの私には
お盆は「休む」という概念がなくて
いつも通りの仕事をしていますが

18日が誕生日なので
その前2日ほどは自分のケアに
時間をたくさん使います♡♡



***


私の中でライフスタイルが変わるきっかけがありました。

それは今から5年ほど前。なんとなくモヤモヤしていた毎日。

ふと『1ヶ月好きなことだけしてみよう』と決めました。

よく言われる

いらないものを手放そう、嫌なことをやめてみよう。=好きを残す 

なんだけど

これっていらない、嫌、にフォーカスしているからどうしても意識がネガティブに向いてしまう。


そこで私は《好きを選択すること》を徹底的にやってみたのです。



私たちは朝起きてから眠るまで

無意識にたくさんの選択をしています。


私の当時のある1日。


AM6:30 好きな音楽をアラームにして目覚める。出かける前にリセットしたいから朝はシャワーを浴びて髪を洗う。顔を洗い、お気に入りの化粧水でパック。

AM7:30 目が覚めてから初めて口にするもの。当時は冷え性だったから、流行っていたスムージーよりも温かいお白湯か少し温めた米麹の甘酒。

朝はご飯を食べない方が私のカラダには合う。

10:30 最初のお客様 お客様の前には30分の余白時間を作りたくて、最初の予約は10:00ではなく10:30に決めた。

12:00 ランチ  この日初めての食事は自宅。 お昼は一番しっかり食べる時間。

基本は和食でご飯、お味噌汁、サラダ、お肉かお魚、副菜、とバランスよく食べる。

ポイントはよく噛むこと。

彩りを5色以上にすること。

そしてPM1:30 お二人めのお客様。

PM5:00〜6:00 早めの夕食 

夜はサラダor温野菜とタンパク質。

PM8:00 ヨガスタジオ

PM9:30 帰宅してバスタイム

AM0:00 ベッド  

こんな風に

「好き」を選ぶ視点で過ごしていくと自ずと自分の軸のようなものが見えてくる。


本当の自分や理想は、どこかのセミナーに学びにいくよりも、あなたの日常にこそ溢れているもの。


誰かの手法やテクニックではない一見地味な選択の中にこそ、答えは存在しています。


あなたは今日、なにを選択して過ごしますか??



お盆休み中にでも是非

《好きなことしかしない1日》

をぜひ過ごしてみてください♥️♥️