前々回の続きですが、今回で送っていただいた資料は終わりになります(^_^)

いやー勉強になりますな。

以下、「法華懺法耄談鈔」の安楽行品の説明の後段を抜粋しますね。

「文殊の名義、前の如し。この菩薩は一心三観の智体、智慧門の妙徳なる故に経の始めに在っては二門を発起し、経の中に在って四法の対告となり。

ここに三世諸仏の智母、十万の如来の本師、法華の慧眼、止観の智目なる故に、安楽の妙行を名づけて一乗の眼目とす。一乗の眼目は一心三観、一心三観はこの品を濫觴となす。

慈覚大師は安楽行を改めて文殊品と題せよとのたまえり。」

以上

これで以前安楽行品で投稿したように、「別の五行」のように次第するんじゃなくて円教は不次第の五行なので一心にすべて具足すると言った「観心の円の五行」、「無相の安楽行」につながって行く教学が背景にあっての安楽行品だったとするのは正しかったわけだね。

ところが、智顗さんの師匠の慧思さんの「安楽行義」には法華経の特徴を4つにまとめているのでちょっと挙げてみますね。

1、大乗頓覚法門
大乗のなかのたちどころに悟る法門

2、無師自悟法門
師がなく自然に悟る法門

3、疾成仏道法門
速やかに仏の悟りを完成する法門

4、一切世間難信法門
すべての世間の人々の信じることが難しい法門

で、上記の4つを詳しく展開して行く中で、次第して悟る「次第行」の対立概念である「頓覚」や、勧発品の有相行と安楽行品の無相行を分けて論じ、無相の安楽行はすべての対立概念を超えて師がなくても自然にしかも速く悟っちゃうことを既に説いていたんですね。

つまり天台三大部の源流はやはり慧思さんなんですね。

ってことは天台さんちからしたら当たり前の見解だった訳です。

安楽行品を追っかけて行ったら、天台さんちの玄関口に立てたって感じなのかな?(^_^)