縦の糸は天地さん 横の糸は私達 | YORITOMO CALLMANオフィシャルブログ「目ヂカラ王の、清濁併呑」Powered by Ameba

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節分に向けた毎年の準備期間の参拝中

今年に書いた天地人のテーマについて

縦のラインは、私達"ヒト" (日の人)
の言葉が浮かんだんですよね。
私達は日(太陽)の人。

単なるイメージではあるんですが、
今世のヒトの個性とか各々個人の差異っていうのは
現世に与えられた横に広がるバラエタルな楽しみとして別のものとみなし、

そうではなく、どんな人でも
"ヒト"日の人 として共通の
生まれてきてから死ぬまで与えられてる
縦のミッションてものがあるんじゃないかと
思うわけです。

それは何か?
誰でも出来る事であること、与えられてること
としてはほぼ間違えない事です。

それは所謂、感謝と祝福の心と動作の
磁気をもった媒体としてのヒトの役割があると思うのです。天地に感謝を伝えないと
天と地のバランス(例えば物理的に言うならば重量とかのバランスや関係性が
かたむいたりしたらヒトは絶対生きれませんよね。
引力とか…天候とか自然界の維持とか…
そう言う事です。当たり前だと思っちゃいけません。

前にも言いましたが、ヒトは天地からみたら
多数のウイルスとか菌みたいなもので、良くも悪くも
作用するもの。

天地の関係性とかバランスを良好に
"繋ぐ"存在としてのミッションがあるのでは
ないかと、物理的にも思うんですよね。
天地人です。

良好なルーティンや心情磁気のようなもの
で、天地を繋ぐ"媒介"のような役割を
持つと思うのです、それが縦の糸はあーなたぁー
のところの天地とヒトの関係性ではないかと👼👼

だからヒトの役割って大きいし、地球維持ってヒト全体次第かなーって思うんです。
でも天地はお優しく5%くらいのヒトがそれを
維持してればなんとか維持できるような
お優しさもあられるのかな?って勝手に思う訳です
違ってたらごめんなさい笑笑

一方で横の糸って何かっていうと
それが生かされている私達(動物、植物等も含む)
調和だと思うのです。
これは難しいですよね。全部調和するって。
過去にも無いでしょうね。争いばっかりの歴史ですから。
ですから個人としてやるべきは、なるべく偏らず、
仏教でいうところの中道とか 神道でいう中今(なかいま)とか、なるべく横全体からみて真ん中あたりに
居なさいよって
ことなのかなーって思うわけです。

なんで真ん中が良いかって?
ここでキリストさんの十字架が浮かぶんですよね。

さっきの天地を繋げる縦と
私達ヒト同士の横の世界でも真ん中の位置の方が
安定した究極90度のクロスを完成させる
ことが出来るのでは無いかと思うのです。

もちろん場所はどこでも良いわけです。
天地は廻っていますので。
立ち位置としては
人の世界は心の
問題になるはずです。
場所はどこでも中道、中今に入れるし
真ん中の方がバランスのよい
クロスの糸を築くことができます。

十字架の意味を勝手にというか
自然に解釈してみました💦

媒介としてのヒトの役割
究極の直角の美しいクロスを
完成させるために中道 中今を歩いていき
天地に感謝想起し続けていく。

横の糸としては決して
普通の人になれと言う意味ではなく
バランスが取れているならそれで良いのと
思います。バランス比が真ん中であるの意味です。

今年のテーマ 長い道のりで一生かかりそうです。

清だな^_^