2/13は兄の命日(13年目)でした。
バタバタしていて投稿が遅くなりましたが、忘れずにちゃんと祈りましたよ。笑
10年経つまで毎日忘れた日はなかったけど、10年過ぎた頃から、1週間に数回思い出すくらいになり、13回忌過ぎてからは、わたしもアメリカ生活が始まり環境が変わったからか、たまにふと思い出す、
そんな感じになりました。
「時は薬」だと良く言いますが、
ほんとにその通り。
肉親、身内との死別は、すぐに立ち直れるものではないし、忘れられるものでもない。
私の場合は、ブラコンと言われるくらい、兄の事が大好きで尊敬してました。
兄からの影響はたくさんあります。
ギター弾き語りも、高校でバンドを始めたのも兄の影響。
高校では同じクラブ活動に入り、よく、明け方までクラブ活動や、音楽、将来のことを話したものです。
親の反対を押し切り、歌手目指して上京した時も、兄から親に説得してくれたようで、兄と一緒に暮らすことが条件で東京へ出ました。
それから、二人の生活は5年半。
正義感が強く、優しくて、穏やかな兄は、私の1番の理解者でした。
鬼滅の刃を見た時、妹想いの炭治郎に兄を重ねて見てしまい、号泣してしまいました。
「何があっても兄ちゃんが守るからな」
まさに兄が言いそうなセリフなのです。
去年はよく夢に出てきてましたが、心配してたのかな?
何かある度に、兄だったらなんて言うかなと考えてしまいます。
今の私を見たらなんて言うかな?
もっと頑張れって言うかもね。笑
あの頃より少し、いや、だいぶん強く逞しくなったと思うよ。笑
またいつか逢えるまで、もうしばらく楽しみながら頑張ります💪