Side N
「何をしてた」ってそれは…
あんたが舞うのに見惚れてた…なんて間抜けなこと、言えるわけない。
俺がこの国に来た目的は、母国の王室から盗まれた絵がこの国にあるという噂を聞いたからだ。
半月ほど前、城壁の隙間から、この人が舞うのを見つけたのは本当に偶然だった。
この人が大野智だったんだ…
俺は盗まれた絵のすみっこに描かれていた「SATOSHI OHNO」というサインを思い浮かべていた。
あの絵は、この人の…
ってことは…あの絵に描かれていた男は、誰なんだろう。
絵をぼんやりと思い浮かべていたら、この人は近づいてきて俺を触った。
どうしよう…
さっき、この人に触られた場所にその手の感触が残っている。
不思議と、嫌悪感はなかった。
むしろもっと…
触れていても…かまわないような…
大野さんは真剣な表情で俺をじっと見つめていた。
どうしよ、俺…
こんな、捕まってまでそんなこと考えてるなんてバカみたい。
「ニノ…言ってくんないと…」
大野さんはきゅっと眉を寄せた。
その時、牢屋の外で話し声が聞こえた。
「櫻井大尉です」
見張り役の兵士が大野さんに声をかける。すぐにドアから、1人の男が現れた。
その場にいる者達を包む空気がぴんと張り詰めていくことで、その男がかなりの大物であることがわかる。
「こいつが、昨晩捕らえた者か?」
大尉と呼ばれた彼は、声を聞くとまだ若そうだ。
「そうです」
大野さんが答えると、櫻井と呼ばれた男は俺をジロリと見た。くっきりとした二重の瞳は厳しく細められて、冷徹な光を放っている。
「目的は聞き出せたのか」
「それが…まだ…」
「早く吐かせるんだな」
櫻井大尉は、組んだ腕の指先をせっかちそうにトントンと動かした。
「西国の王子の行方が分からなくなったことで潤様も不安に感じておられる」
西国の王子……!
「トーマが?」
思わず、聞き返すと、その場にいた全員がパッとこちらを向いた。
やば…
櫻井が険しい顔で俺にツカツカと近づくと、俺の顎を指ですくい上げた。
「王子を呼び捨てにするとはな。お前…何者だ?」
ぷいっと横を向くと、くしゃりと髪をつかまれて前を向かされた。
「いたっ」
「何者だ?と聞いてるんだが」
さすがに軍人は一分の容赦もない。櫻井大尉は俺と瞳を合わせて、睨みつけながら低い声を出した。
「鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス…俺の好きな言葉だ」
櫻井大尉はふ、と笑って、呟いた。睨み返すと、櫻井は俺の頰をゆっくりと撫でる。
「いい目をしてる…」
櫻井大尉は呟いて、俺の髪を離すと、大野さんの方に振り返った。
「俺は潤様に報告する…お前は、わかってるな?…鳴くまで待とう…なんて思うなよ」
大野さんは、俺の方をちらりと見て、黙って頷いた。