ブログでは年始のご挨拶がまだでした
すっごく遅くなりましたが、
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします
実は年始そうそう
コロナに感染して寝込んでました
先ずは旦那が1月3日に発熱し、
4日に陽性が確定し、
同じく3日の夜から
喉と胃に痛みを感じた私は、
4日に微熱が出て
5日に陽性が確定しました
私の場合は、
胃腸に症状が出るタイプだったようで、
4日から何も食べられなくなり、
そこから5日間は
スポーツドリンクとゼリー飲料のみ、
加えて6日にはお腹が痛すぎて
トイレで酸欠になっちゃって、
手が震えて動かなくなって、
救急車を2日続けて呼んで、
だけど保健所の指示で自宅待機になって、
でもそのおかげで
8日には先生に往診に来てもらえて、
お薬もいただけて、
コロナの症状の回復は
むしろ早いようだったけど、
『食べれていない』ことで
とにかく体力が回復してこなくって
というような日々を送っておりました
私って57年間、
インフルエンザを始め、
麻疹や水疱瘡やおたふくかぜや風疹とかに、
何一つかかったことがないんです
一緒にいても
うつったことがなかったんです
だからコロナも
「私はうつらない」って思ってたんです
なのにうつったから
さすがに「何で?」って一瞬思いました
そして次に、
「『何』に気づくために起こったことなのかな」
って、
『自分(子宮)の想い』と『外の世界』を
ずっと観察してたんです
で、私が今回一番『つつかれた』のが
『息子』だったんです
5日、私の陽性が確定した日、
息子はみんなのためにカレーを作ってくれて、
洗濯をしてくれて、
洗い物をしてくれて、
半身まひで自力でおしっこ出来ない
犬のべっちゃんの
2~3時間おきに排尿のお世話も散歩もさせて、
私の飲み物もこまめにチェックしては
部屋まで運んでくれて…と、
とにかく家中の用事を
一手に引き受けてやってくれてて、
「一人で背負い込んでるなぁー」
って思ってたんです
陰性の娘も仕事を休んで家にはいたけど、
だけど息子は一人で全てをやっていた、
「きっと『こうであらねばならない』で
動いてるんやろなぁー」
と思いながら見てたんです
だけどそれは
『息子の内側』で起こってることであって、
そこを見てあげるのは
息子であって私ではない
私が見てあげるのは『そんな息子』を見て
「何を感じたか」という
『私の内側』で起こっていることだけ
ただその時点では特に私の内側は
『つつかれるもの』はなかったんです
そして6日の夜、突然お腹が痛くなった私は
トイレで一人、激痛の中、
「何を見せられてる?」
「何でここまでのことが起こってる?」
と『自分(子宮)』に問うてたんですが、
あまりの痛さと酸欠で
それどころじゃなくなって、
「もうこれは助けを呼ぶしかない」
ってなったその時、
私の中に
「旦那に『助けて』って言いたくない」
っていう『抵抗』があることに気づいたんです
『「助けて」を一番言いたくない人』、
それが旦那だった、
そのことに気づいた時、
「これやる為に起こってることやったか」
と思ったけど、
痛すぎて、酸欠で声が出せず、
トイレの壁を叩きながら、
心の中で「助けて」と叫んだ瞬間、
ホントにびっくりするほどその瞬間、
「ん?何か産んだ?」って思ったぐらいに
お腹の中のものがドサッと出たから、
「これで終わるんだ」って思ったんです
結局、壁を叩く音に気づいて
トイレに駆けつけて来てくれたのは、
旦那ではなく息子でした
32歳になる息子に
トイレの便座に座ったままの状態で
助けを求める
そんな自分の『醜態』をさらすことも
普段なら当然『抵抗』はあっただろうけど、
『それどころじゃない』っていうのは、
こんなにも簡単に、
あっさりと『抵抗』を飛び越えてしまう
うろたえる旦那は救急車を呼び、
結局は保健所の指示で搬送されずでしたが、
お腹の痛みも落ち着き、
『抵抗』を飛び越えた私は、
「私がこんな風になって、たぶんノリさん(息子)は
今日は気になって寝れないだろうな」
と息子に対して思いつつも、
「私は気づけたからこれで快方にむかうはず」
と思っていたんです
だけど翌日に、またお腹が痛くなって
「まだ何か気づいてほしいことがあるの?」
と自分に問いかけてたら、
息子が私の所に来て
この数日の『想い』を話しだしたんです
「自分一人で背負うのがしんどい」
息子が初めて私に吐いた『弱音』であり
『心からの本音』でした
息子にとっては、母親である私が
『それを一番言いたくない相手』だったんです
話しながら息子の中からは、
どんどん『想い』と『言葉』と『涙』が溢れてきて、
「僕がお母さんを守ってあげなくっちゃって
小さな頃からずっと思ってた」
「だからずっと無理して平気なふりして
頑張ってきた」
「でもホントはしんどかった、
ずっとしんどかった」
それに息子自身が気づいてあげれたんです
私の『腹痛コロナ』は私だけでなく息子にとっても『必要なシチュエーション』だった
って思うんです
『旦那がコロナの陽性』であることも、
『でも無症状』であることも、
『家のことを何もしてくれない』ことも、
『娘は陰性』であることも、
『でも家のことを一切してくれない』ことも、
『私が陽性』であることも、
『症状が重い』ことも、
『家のことが何も出来ない』状態になることも、
息子にとっては、
「僕が世話をしてもらう側だったら、
きっと気づけなかった」
とのことでした
その日、息子は、父親と妹に、
「もっと家のことを手伝ってほしい」
と伝えたのだそうです
その日は偶然にも『蟹座満月🌕』で、
『蟹座』というのは、
家庭・家族などを意味するサインだそうで、
『満月』という『完結』とか『手放し』が
起こるタイミングのこの出来事に、
「出来すぎてる」って思いました
で、その前日だったんだけど、
私の夢の中に『2歳くらいの息子』が出てきてて、
それからずっと私の部屋の中に、
まるでスクリーンに映し出されてるみたいに
『2歳の息子』がいるんです
その顔は、とても誇らしげというか、
とにかく満面の笑みで笑ってて、
最初のうちは
「なんだろなぁー」って思ってたんだけど、
「この子は息子のインナーチャイルドなんだ」
「この子が解放されたんだなぁ」
って思えたら、
「よかったねぇ」って泣けて泣けて
そしたらその時に、
「もう私が心配しなくても大丈夫」
って思った自分に気づいたんです
そしてそのことを息子に話して、
それをきっかけに、今度は私の中から、
『言葉』や『想い』や『涙』が、
どんどん溢れ出てきたんです
旦那の思い通りにならない息子は小さな時から、
旦那によく怒られてて、怒鳴られてて、
『私の大切なもの』を大切にしてくれない、
旦那のそんなところが嫌だったし、
そんな息子が不憫だったし、
「私が守ってあげなくちゃ」と思ってた、
けど、
怒られるのや怒鳴られるのが怖くて、
私がとっていた行動は『息子を守る』ではなく
『息子が怒られないようにする』だった
そんな『弱い自分』がすごくイヤだったし、
『母親なのに守ってあげれない自分』が
情けなかった
私はずっとずっと、息子に対して
『負い目』を感じてて、
「私のせいでごめんね」って思ってて、
だからずっとどこかで、
『母親である私が』って思ってた
この子のために強くあらねば
そんな風に私もずっと
1人で背負い込んでた
だから、
ずっと『しんどかった』し、
ずっと『不安』だった
そんな『お腹のティッシュ』は、
もう随分と昇華させてはきたけど、
ゼロになってるわけではないから、
そんな私の中にまだ残っていたものと、
息子の中に重くのしかかってたもの、
それは奇しくも『同じもの』だったからなのか、
お互いの『言葉』や『気づき』が、
お互いに『きっかけ』になって、
昇華させてあげれることになった
きっとこれが私達にとっての最善の
『タイミング』と『形』だったのだと思います
そのために、今回の『コロナ』と、
その『シチュエーション』は、
『必要不可欠』であり『完璧なもの』でした
今回のことで、息子は改めて
『身体は絶対に間違えない』
を確信し、
私は改めて
『全ては必然であり、完璧でしかない』
を確信しました
このそれぞれの『確信』は、
私と息子がカウンセラーとして
活動していく『これから』に、
ますます『力』をくれるものに
なっていくと思います
今では「コロナありがとね」って
思えます
そんな、濃くて深くて、気づきと学びで満載の
2023年のスタートでした
今は徐々に食欲も体力も
回復に向かっておりますが、
身体と『子宮』と相談しつつ、
のんびり楽しく進んでいこうと思います
今年もよろしくお願いします
ゆっつ♥️
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