いつもブログをご訪問ありがとうございます。
既にご存知の方もいらっしゃいますが、来月より1度、インストラクターから離れることにしました。

大阪生活にも慣れてきた年初あたりから、相次いで両親・兄弟が病に倒れたり、不幸が続きました。
その間、何度となく、大阪から、東京や静岡を行ったり来たり。
大阪は私の水に合うようで、殆ど知り合いのいなかった土地で、どんどんステキな人たちに出逢え、嬉しくもあり楽しいです。
ですが、気づかぬうちに、義理も含む家族の問題をを必要以上に背負ってしまっていました。

梅雨どきに、ギックリ腰→おたふく風邪。8月には滲出性中耳炎。
先日、身内の衝撃的な出来事があり、10日くらいで治りましたが失声症になりました。
気持ちが落ち込むことはなかったので「大丈夫」と思っていたけど、身体のサインに気づけませんでした。気づけなかったのではなく見ないように蓋をして、乗り越えようとしていたのかも知れません。

何れにしても、今の状態で、レッスンさせて頂くのは、生徒さんに負のエネルギーが伝わる可能性があると思います。


私は、ものごころついた頃から、問題のある家庭で育ちました。
小学校の入学式は、自家中毒で入院していた病院から通いまいた。
高校生になると、摂食障害になりました。
当時は情報も少なく、依存症の一種とも知らず、家族関係が原因の病気とも知りませんでした。親にも相談できず、自分に甘えているだけだと思い、ひたすら頑張り続けました。
いい医師に会えたのは20代半ば。
その2年後には摂食障害の症状は消えました。
その後はカウンセリング・自律訓練法など様々な方法を行いました。

ヨガに出逢い、特にヨガの精神性に惹かれ、学ぶようになってから、自己肯定感がどんどん増し、「自分はそのままでいいんだ」と心から感じるようになってきました。

結婚して、オットの家族と付き合うようになって、初めて「普通の家庭」を知りました。義父母や義姉に、私への無償の愛を感じました。
そのうち、実父はその前に他界しましたが、疎遠になっていた母と、徐々にうまく付き合えるようになってきたので、家族との付き合い方もクリア出来ていたと思っていました。

でも…
クリア出来ていませんでした。。。
母や兄弟だけでなく、義父母や継父の病、義父母を在宅介護している義姉の大変さを必要以上に背負い込み、
気づかぬうちに「責任感」でガチガチになっていました。
そのうちに、だんだん自分軸がブレて来ていたのだと思います。

私の摂食障害を助けてくれ、母と兄弟の主治医でもある医師に、先日言われた言葉。
「お母さまは、私が何とかします。ご兄弟は、お母さまと私で何とかします。ご主人の家のことは、ご主人とそのご兄弟に任せなさい。」

先日の連休はオットの家庭に行くのが目的で帰省しましたが、私はオットの実家には顔も出さず、のんびり自分の為だけに時間を費やしました。
東京生まれ・東京育ち、祖父母も東京なので、いままで故郷という感覚が分からなかったけど、初めて自分の為だけに帰省したら、自分の軸が見えてきました。

しばらく、自分の軸を取戻し、心のお掃除をします。
ゆったりして、ワクワクすることをして、入ってくるものも不要なものは捨てます。

私のクラスに来てくださっていた生徒さん、所属スタジオのオーナーさんや代行をお引受して下さった先生方、大変ご迷惑おかけしまして申し訳ございません。
そして、ありがとうございました。

「元気になったら、また戻って来てくださいね。」と言って下さったスタジオのオーナーさんや生徒さん方、ありがとうございます。

すべての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。