知らないこと
ひとりぼっち
大切な人を失うこと
……
「こわい」を抱えるあなたへ。
大丈夫。
悪いことばかりじゃない。
それに、目の前には必ず道がある――。
気休めになぐさめたり戒めたりするのではなく、立ちすくむ人に優しく語りかけ、包み込んでくれる……そんな絵本をご紹介します。
(フラン・ピンタデーラ/アナ・センデル/星野由美/偕成社)
雷で停電の夜、ロウソクの火をみつめるマックス。
「おとうさん、こわいと おもったこと ある?」
マックスのお父さんは答えます。
誰にでも怖いものはある。
小さなものからかつて感じたものまで……ある時それら(「こわい」)がむくむく現れ、いっぱいになってしまうこともあるのだと。
ここからおそらく、お父さんは、自分の中にある「こわい」事柄や、自分が見たことのある「こわがっている誰か」を、ひとつひとつ思い出しながら息子に語りかけています。
知らないこと
ひとりぼっち
身の丈に合わないことをすること
大切な人を失ってしまうこと
……
――しらないことを こわいって かんじるひとも いる。
そういえば、昨今の社会問題(差別、偏見)、政治家の不用意な発言も、実は「知らないことへの怖さ」から来ていることが多いように思います。
《こわい》をみつめることは、自分自身と周囲を見直すきっかけにもなりそうです。
また、何かに怯えている、けれどうまく言葉にすることが出来ない――
そんな子どもや大人に、絵本はそっと寄り添ってくれるはずです。
「あなたの《こわい》はどんな感じ?」
モヤモヤの正体を見極めること、カタチで表してみること、共感すること……
そこに、「救い」のきっかけがみつかる人もいるかもしれません。
***
巻末には、「《こわい》に光をあてて」と題したコラムも掲載。
ここでは心理学の専門用語を極力使わずに、わたしたちが経験をとおして身につけた「学習心理」である《こわい》感情と、生まれつき(生得的に)もっている「本能」としての《こわい》感情とのちがいを、子どもにもわかるように丁寧に説明されています。
さらに一歩踏み込んで、《こわい》をもとめたり味わいたがる私たちについて語られています。(心って不可思議なものですね)
本編とあわせてどうぞ。
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著者紹介ページがちょっと変わっています。
前作『どうしてなくの?』(同)でも感じ入った部分ですが、来歴も他著書タイトルも全部すっとばして(!)、制作陣の「思い」のみが綴られる稀有なスタイル。
作者のフランさんのかつて怖かったもの……
画家のアナさんの好きなもの……
そして、いつも素敵なスペイン絵本を届けてくれる翻訳家の星野由美さん。
星野さんはこの(著者紹介)スペースで、「こわい」への自身の対処法を記しています。
こわいものは消えない。
無理に消さなくていい。
あなたも私も、みんな、似たようなこわさを抱えて生きています。
目の前の道を一歩ずつ、ゆっくりまいりましょう。
歳を重ねるほどに怖いものだらけの私。おりに触れ読み返したい一冊です。
🍀絵本コーディネーター東條知美
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追記)
そういえば。
18歳の頃、大学の「発達心理学」のいちばん初めの授業の課題
〈あなたが今知りたいと思う「人の心」に関する事がらをひとつあげ、それをどう研究できるのか考えてみよう〉といった内容でした。
渡されたA4の紙に、私はこんなことを書いたのでした。
「怖いという感情がいつ生まれてどんな風に大きくなるのか知りたいです。生まれたばかりの赤ちゃんはジェットコースターを怖がるのでしょうか?ヤクザを恐がるのでしょうか?死への恐怖は近づくほどに大きくなるのでしょうか?そもそも怖さってどうやって測るのでしょうか?克服したといえる状態とはどんなものなのでしょうか?
今の私には何ひとつわかりません。
知らないことは怖いと、初めて思いました」……(覚え書き)
高校を卒業したばかりとはいえ、まことに稚拙で雑な、ひどい提出文です。
これに対し担当教授の東洋(あずま ひろし)先生は、「面白い!」「恐怖の感情を数値化する方法としては体温や心拍数、発汗等の変化を示す方法があります」「こんな風に新鮮な疑問を持ち続けながら学んでくださいね」等々たくさんのコメント、示唆と共に、大きな大きな花丸を描いてくださったのでした。(涙)
東洋先生、その節は本当にありがとうございました。
その後私は文学の方を専攻するようになりましたが、目に見えないものを見る術もある、それが研究の意味であると知ることができました。
何より、学びっていいものだなあと心から思えるスタートをいただけたことは、今も私の宝です。
◆東洋(あずまひろし)氏 故人