"能楽を初心者が見るには、何を見たら良いのでしょう?"

よくお正月に上演され、私が属している金春流(こんぱるりゅう)が約1400年前から演じてきた演目に、「翁(おきな)」というものがあります。エンターテイメント性はなく、純粋な「天下泰平」・「国土安穏」への祈りです。現代でもこんな世界があるのです。 

 

翁の役を演じる人間は、精進潔斎をして当日舞台に挑みます。幕の裏側に鏡の間という部屋があり、そこに神式の翁飾りという神棚を作ります。そこにお供えをし、開演前に、総勢30名ほどの全出演者が集まり、お神酒、生米、塩を供し、火打をします。それを、今でもお客さんの見えない鏡の間でしています。厳粛に必ずやっています。舞台上で神になるということから、シテは能面を舞台上でつけ、終わると神が融けるということで舞台上にて外します。

 

翁は唯一人、お客様に平伏します。初めに翁が出てきて、その後に全出演者が一列に並び続くという「翁渡り」というものをします。翁渡りは、お客様にではなく、舞台の正面にいると考えられている神様に礼をしているのです。ここでいう神様というのは、特定の神様を指しているのではありません。

 

能の表わしている世界は、現代でいうスピリチュアルな世界です。演目によっては、恐ろしい鬼も出てくるので、ホラーのような側面もあります。しかし、現代に比べると昔は今よりも「死」といものがもっと身近なものだったので、スピリチュアルなほうにもっと近かったはずです。現代は、「死」が身近ではない世界になりましたが、昔はいつ死んでもおかしくない、という時代でした。だからこそ、その死の先に何があるのだろう、と考えざるをえなかったのだと思います。能はそういう「あの世」のことを表現しています。ですから、単なるエンターテイメントではないのです。

 

(画像は山井さんの羽衣)

 

 

初心者の方や、能を知らない方が、ストーリー性を楽しむには、「船弁慶」と「黒塚」(観世流では「安達原」)がお奨めです。それと、わたしが一番好きなのは「羽衣」です。船弁慶だけは1時間20分ほどかかります。黒塚、羽衣は大体1時間の演目です。オリンピックが近づいてきているので、子供向けや若い学生さん向けに公演をしてほしい、というご依頼が増えています。そういった子供や若い人向けに演じる場合は、これら3つのうちどれかをやることが多いです。それと、もう一つ、「土蜘」(観世流では「土蜘蛛」)という演目があります。これは歌舞伎にもなっていますが、能が基になっています。これら4つは能を初めて見る方が見ても面白くご覧いただけで、初心者向けです。

 

 

 

”能を習うにはどうすれば良いのですか?経験のない人が、実際に、自分が舞ってみたい、謡ってみたいと思ったら、どうしたら良いですか?”

 

各能楽師のHPがありますから、そういうところに問い合わせをしていただくとか、SNSも今は発達しています。一番高い方の月謝で2万円ほど。あとは1万五千円、1万円など。流派や能楽師によってまちまちだと思います。

 

回数でいうと、わたしの場合は月二回のレッスンですが、月3回や4回などこれも流派や能楽師によってまちまちで、一概には言えません。レッスンの内容はわたしの場合、個人レッスンで一人20分。舞は3~5分くらいの短編の舞を、初歩の初歩から、少しずつグレードを上げていきます。個人の課題曲は人それぞれ違います。舞について稽古をして、そして、謡(うたい)も稽古します。舞と謡では、能は謡のほうが難しいと思います。比較的、男性が謡を好み、女性は舞の稽古を好む傾向があります。

 

私は、東京都内(赤坂、新橋等の港区内)、門前仲町、横浜、地方では千葉県銚子市、福島県いわき市、埼玉県小川町に教室があります。さらに、東京の青山一丁目のNHK文化センターに初心者講座を、大人の休日倶楽部に座学の講座を、地元の横浜久良岐能舞台にて、教室を開催しています。どうぞ、ご興味がありましたら、お気軽に見学にいらしてください。

 

(ちなみにこちらが山井さんのHPhttps://ameblo.jp/yamaitsunao/)(また、アメブロ、フェイスブック、ツイッターもあります。)

(久良岐能舞台での夕方の練習風景)

 

最初始めるには、なかなか敷居が高いという方には、カルチャースクールやカルチャーセンターという選択肢もあります。カルチュアスクールでも、最近は能の稽古をしているので、良いかもしれません。わたしも青山一丁目のNHK文化センターの青山本校で、月一回木曜日の夜に教えています。半年、続けていただければ、能が面白くなってくると思います。

(久良岐能舞台での1対1の練習風景)

 

又、能の構えやすり足は体幹トレーニングにもなり、インナーマッスルも鍛えられるため健康に良いです。なぜ能楽師が長寿かというと、すり足によって足腰が鍛えられてインナーマッスルや体幹が強いからです。

 

能の腰を入れる所作は、どうやって稽古するのか?人によっては、筋トレをされている人もいますが、自分は、普段の稽古が大事と思っています。能の稽古をすれば、体幹とインナーマッスルが鍛えられて、能の腰になってくるのです。能の構えはスキーを滑っている時と同じです。アマチュアの方やワークショップでも、スキーを滑る時に例えてお話しすると、とても良く理解してくださいます。

  

能楽師が70歳80歳になっても、10キロ近い装束を着て、視野が殆どない能面を付けて、1時間半も舞台の上で舞い続けることができるのは、能の摺り足で足腰や体感が鍛えられているからなのです。

(能の摺り足)

 

カルチャーセンターのレッスンは場所や流派にもよりますが、一例としては、6000円ほどで、わたしは、地元横浜の久良岐能舞台でも講座があり、グループレッスンも開いています。久良岐能舞台は、横浜の上大岡から行きます。とてもお庭が素敵で、静かで風情があり、一度いらしていただくと分かりますが、能の歴史的な深さを体験できる場所です。ぜひ気軽にお出かけいただければと思います。