何かがあったから、あるいは自分の望み通りになったから、「嬉しい、幸せ、楽しい」などと条件づけに基づくポジティブな感情は、真の喜びや至福ではない。


真の喜びや至福とは、無条件であり、いつも今感じられるものであり、消え去ることはない。
そしてそれは、感情ではなく、私そのもの。


また、ネガティブだと思う感情は、何かがあったから、誰かに何かをされたから、望まない状況だから、などという条件づけに基づく思考が作る物語によって生まれる。


ネガティブな感情が湧いた時、全ての関連づけをやめ、物語に入り込まず(興味を持たず)、「恐れ、悲しみ、苦しみ、怒り、イライラ、不満」などという感情に向き合い、ただ感じる。


決して抵抗せずに
決して無視せずに
感情をただただ味わい尽くす。


すると、その感情は消えていく。


ネガティブな感情とは、思考や物語などの関連づけがなければ、湧いてこられないから。


そしてネガティブな感情は、感じきる事で、もう必要性が無くなり、現れてくることはない。 


一方、真の至福や幸せ(関連づけで生まれたポジティブ感情ではないもの)は、感じれば感じるほど広がっていく。


なぜなら、
それが真の私
真我そのものだから。


関連づけから生まれるポジティブ感情は、快楽や欲望による幸せや喜びということ。


それは必ず、反対にあるネガティブな感情を引き起こすことになる。


そういった、まやかしの幸せは不幸とセットなのだ。


この幻想世界では、一方だけを経験することはできないから。


だから、真の賢者や聖者は、「欲や願望を捨て去りなさい」と教えてくれるのだ。


「願望を叶えよう」とか「ポジティブでいよう」とするのは、本当に愚かなこと。


また、現実を自分の思い通りに変えようとか、現実の人や何か出来事に対して不満を持つことも、本当に愚かなこと。


もう全てを明け渡していこう。
あるがままに
なるがままに
与えられることを、そのまま謙虚に受け入れていく。
   

だって、すべては真我が与えてくれているのだから。


真我が与える事に間違いはない。
全ては完璧なのだから。


それを勝手に、良い悪いと判断したり、思考に物語を紡がせてはいけない。


思考を放っておき、ただ湧き上がる感情に、純粋に向き合う。感じきる。


そうやって、その感情の役目を終わらせていこう。


そして、ネガティブな感情は、思考に関連付けなければ消えることに、気づこう。


ネガティブな感情など、どこにも実在しないという事に、気づこう。


それができたなら、現実に何がなくても、現実がどんな状況であろうとも、何も関係なく至福であり幸せだという、真の私を見出していこう。


そうやって幻想を超え
真我に還ってゆこう。


それだけが、やるべきこと。
それだけが、生まれてきた理由。




ラマナ・マハルシさんの本「アルナーチャラ・ラマナ

愛と明け渡し」より。




今日も、真我を信じて。。

大丈夫!すべてはうまくいっている☆彡


今日も最後までお読みくださり、本当にありがとうございました😊