なぜ遠藤が研究者を目指したのか? | 遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」

なぜ遠藤が研究者を目指したのか?

 現在やっている調査のコメント欄に「遠藤調査なんていいから、さっさと新作作れ!」と書いてくれてる人がたくさん居て、もちろん新しいゲームは作っているんだけど、なぜ研究やっているのか、という理由をちょっと書いておく。


 「日本のゲームは遅れてる」とか言う人がいるけど、これは一方の視点であって、技術主導のゲームデザインにおいては、と限定された場面での話だ。日本ゲームの作り方は「芸」であり「道」であって、技術主導ではなくコンセプト主導、ネタ主導のゲームデザインになる。

 要するに、面白いゲームを思いついたら、そのゲームを実現するのに必要な技術だけあればいい、という方法論。ここには日本人ならではの見立ての力が大きく関わっているんだけど、ここは今後の研究で検証していくテーマなので省略。


 で、ゲーム研究という学術分野では、ゲームを作ったこともないような連中が学位を持っていて、偉そうに日本ゲームを語っている側面がある。もちろん学術的に実績のある人が、それを元にゲームを作って成功している例もあるんだけど、日本では研究者が作ったゲームで目立ったヒットはない。逆にヒットゲームを作ったクリエイターが、まともに学術的研究として何かを残そうとしている例もない。

 日本の著名クリエイターが色々な意見を言ったとしても、世界的なゲーム学術の中では「一般の方の自論」に留まり、無視されてしまう。だから「日本ゲームは遅れている」に対して「そんなことないよ」と反論しても、蟷螂の斧の如き無力さなのだね。


 だから、日本のゲームクリエイターで、そこそこ以上に実績のある人が、まともに学術的研究でも実績を挙げて、学位を取って反駁議論していかないと、「コンセプト主導のゲームデザインは日本が世界一!」という、遠藤が信じている事実が証明できない。だったら、遠藤が真っ先にそこにトライすべきかなぁ、と考えたわけで、イノケンの葬式の時に、オレも残りの人生有意義に使いたいから、日本ゲームを全力でバックアップすると決めた。

 とはいえ普通に四大の工学部を出ただけなので、論文とか実績を積まないとダメで、当面、一番の遠藤の作品は論文、ということになるかな。もちろん、ちょいちょいゲームは作っているんだけどね。商業ベースで運営している時間的余裕は博士号取得するまでない。だから、遠藤イズムでゲームを作る若者を一所懸命教育もしている。

 この教育のためのメソッドも、どんどん新しい手法を開発して学会などで発表して、多くのゲーム関連教育機関で利用してもらっているので、ジワッと面白い日本のゲーム作りには効いてくるはず!


 なかなか目に見えないかも知れないけど、段々良くなる日本の新しいゲームデザインに期待してね!