新型コロナウィルス感染症の影響から、はるか田舎ののんびり地域でも、商売の仕方が変わったり子供達の勉強の方法が変わったり、いろいろと変化に追いつくための日々を過ごしています。

大変なことは多いのですが、「この世はこんなもの。完璧なことなどあまりない。自分が考えて、知恵でコツコツ、一つひとつを乗り越えていくしかない」という、いつもの発達凸凹の障害を抱えつつ、「どうしようもない」とか「困った」と感じることは生きていると当たり前の人生ですから、それぞれに対応に全力を注いでいるように感じます。

大人は、稼ぐことに懸命です。販売先がなくなれば、オンラインやさらに奥地の「買い物に行けない地域」に大型車を出して、買い出しに出られない層に販売に出かけたり。先方の責任者とお話をして、あらかじめ料金表と作物をお知らせして、購入したい人がいれば料金を玄関に置いておいてもらえれば、順番に品物を置いていくという方式で頑張った親族がいます。少しは役にも立てて、そして自分の生活も成り立つ。家にいても野菜は腐り、育てた努力は消えていくのなら、自分が運んで売る先を見つけなければならない。一度、私達のご先祖で子供時代に一家のために野菜を売る行商をした人間の話を書きましたが、大人ができないはずがないので私達はやりますし、生きていくことは知恵を使うこと、考えること、あきらめないことなのだろうだと理解しています。

子供と言えば、今、ながらく不登校をしている・していた親族の子達が親族の他の「通学ができていた子達」をうまく励ましています。私達のケースだと、小学校時代から中学、高校と不登校していた子もいますし、そうした子でも私立・国公立大学に進学していますし、卒業もしています。仕事もしています。学校に行けないことが進路を妨げることではなく、「学ぶことをやめることが、進路を狭める」ということだけをきちんと教えて、やりたいこと、好きなことを見つけ、自分で稼いで食べて生きていけるように道をなるべく広く開いていくのだと教えていきます。小さな子はわからないだろうと思いますが、実際に、どんな形でも社会で稼いで食べていけるなら、方法も手段も問わず、とりあえずやっていけばいいのです。正規のスムーズな道ではない、砂利道やけもの道を歩みますが、結果がよければすべてよし、です。

前置きが長くなりました。

今日ご紹介したい親族の子がいます。中学2年から不登校をし、高校は通信制高校を出てある都道府県ではそれなりに知られている国立大学に進学しました。この子は難しい行政のHPや書類、法の解説書などを読み解くことが好きなので、その系統の学部です。小さい頃、在宅ワークを始めた母親が確定申告がなかなかできず仕事で謀殺されて忙しかった際に、何気なく「簡単にわかる!~」というような確定申告のシリーズ本、国税庁のHPなどをパソコンで見せて「もしわかったらでいいけど、読んで注意した方がいいことなどがあれば教えて」とお願いしたところ、期限はいついつまで、お母さんの仕事だとこの申告書と、あれと、これと、領収書が、等々と調べ上げてかいつまんで教えてくれたそうです。中学2年生の時のことです。それがきっかけで、手続き関係は通信制高校の見学、出願、入学の手続きだろうと、大学の出願の手続きだろうと、合格後の手続きだろうと、自分でコツコツ好きでやる子でした。

この子は学校に行く度に、気弱な雰囲気と、応答が数分遅れるというか・・・思考している時間が大勢とずれているので「まだるっこしい」とか「のろま」と言われていじめられることが度々あり、そのたびに落ち込んだりして中学校へほぼ行けませんでした。ゆっくりさんなので、小学校時代はテストも点数が悪く(時間内に仕上げられないほどスロー)、数字で言うと1や2ばかりと取っていて「ふつう」がなかなかもらえない子でした。

ただ、遅くても確実というか、しっかりと細部までチェックして書類を書く能力などには長けており、一度覚えた内容などはしっかりある程度標準的な速度で出す(出力)できるようになりました。これがちょうど高校ぐらいの時期です。よって、学ぶことはじっくりでスローかもしれませんが、通信制のテストで学んだことを出すという実践には強くなっていき、受験でも覚えたことを「細部まで出し切る」ことができたので、希望の大学は合格しています。

発達障害の凸凹、特性のある子が幼少期から大人までずっと「同じ状態であるか」といえば、そうじゃないと言えます。その成長の間に「少しのきっかけ」で、結果は大きく変わっていくように思います。いつも書きますが、きっかけは道端の石ころのように転がっていて、この子の場合は習い事などはしり込みしますし、何をトライしてもスローなので学校生活では同学年の子達に差をつけられますが、「合いそうな」「苦ではない」分野に関わると、とたんに成長が促進されていくという典型的な例です。逆に言えば、この母親のいわゆる無茶ぶりというのでしょうか、オール1や2の勉強がいかにも苦手そうなのんびりな子に、大人でも読んで難しそうな国税庁のHPを「わかったら教えて」と見ておいてね、という親は少ないと思います,し、その無茶ぶりがなければ、この子はずっと「合うこと」が見つからず、熱心に取り組めることもなく、しばらくスローな時期をより長く経験していたのでは、と思います。

親の方に聞いたところ「不登校をして暇そうだし、時間はたくさんあるし、電子辞書もインターネットもあるから、調べながらだったら1週間ぐらいかけて読めるかもと思っただけ」だそうで、無理~と言ったり嫌がったら別にやらなくてよかった、特に期待もしてないし、時間つぶしにお願いしただけとのこと、との説明でした。子供の人生を変える「出会い」のきっかけなんて、こんなものです。

この子はもうひとつ、特徴的なことがあります。高校を通信制に行くと決めるまで、不登校の間は主に家庭学習をしつつ小さな個人塾に通っていました。先生が二人でやっているような地域密着型の塾です。そこで学校に行くかわりに家庭と塾で勉強をし、体力・気力的に勉強が塾でできない時は「持ち帰り」と言って、塾で授業や指導を受けなくても「家でじっくり・ゆっくり考えて理解すればいい」という方針で、のんびりな子を他の子と同席させてせかすことなく指導してくれる塾でした。

ここでもスローです「が」、の「が」が入ります。

不登校ということは、平日、ゴールデンウィーク、夏休み、どんな休日も関係ないのが不登校児ですので、スローですがコツコツ、こつこつと「確実に」ゆっくり、ゆっくりですがきっちり、きっちり勉強するわけです。それでも中学で学習する3年間の基礎ぐらいしかマスターできず、普通に高校を受験するのは「落ちるだろう」と想定できましたので、通信制の高校に受け入れていただき、この「スローだけどコツコツ、確実に」を活かして、主に家庭と最小限のスクーリングで学習をすすめていきました。

通信制の学校というのは映像授業も長けており、家庭にいながら映像で授業をどんどん見れる状態だったそうです。動画で理解することは比較的簡単だったようで、よって学習スピードがこの頃から加速していくわけです。休日もなく、「自分は遅れている」と思い込んで学習しているので、膨大な量の高校の学習を映像でなんとかこなしたり、わからない所は「対面式」だとテンポがずれるので、聞いて・理解はできたとしても「返事」のレスポンスが上手くいかず本人にはジレンマでありストレスになりますので、質問メールやチャット機能などを多用して進めたそうです。

結果、大学受験は私立も国立も合格したわけですが、この子の「本当によいところ」は、そういうところじゃなくて、その後の行動です。

今、この親族の子は大学は休校中なので自宅待機をしています。大学が休みの間、自分が中学の時に通っていた塾でアルバイトでお手伝いをしていました。この塾はお月謝制のため、今後、授業ができないと費用をいただくこともできずとても困った状況になりました。映像授業ができるようなスキルは先生2人には難しい、ということで、塾の経営すらあきらめようかという感じになったそうですが、この子は「どこの家庭もテレビは持ってるし、親はスマホをもってる。タブレットも持ってるかもしれない」ということで、無料のアプリをダウンロードして塾と家庭を映像でつなぐ「仕組み」を、塾にいる間にやってみたそうです。

この子いわく「ツールを知ってる人は誰でもできる」そうですが、先生方には情報が少なく、慣れていないので無理だったでしょう。この子は現代社会の子で不登校中にパソコンもスマホもタブレットも使いこなし、通信高校時代には映像授業やチャットやらを経験し、と様々なツールの利用は経験済みであり、上手です。塾の生徒の保護者の方はほとんどがLINEを持っているので、ダウンロードしてほしいアプリと、どこをどうクリックしたら授業に参加できるか、などのわかりやすい説明を送信しました。先生方もやってみれば簡単だったそうで「これだけでいいの!?ほんとに?」と、あっという間にいじりまわしてマスターされたそうです。オンライン授業で子ども達と会話ができる、クリック一つで音声をミュートしたり、拍手👏をしたり、手✋をあげたり反応もLiveでもらえるのが面白いのでしょうね。

動画ツールの使い方がわからない家庭にはLINEと電話で先生方が説明して、子どもがアプリや録画映像を使って学習を続けられるようになったそうです。そうなれば授業料もきちんといただけるわけで、先生も、子どもが全く勉強しない!と困っていた家庭も、朝から夕方までオンライン授業を受けたりDVDに録画した授業映像を見たり、ライブ電話やチャットなどでマンツーマンで学校の宿題やわからない所の説明をしてもらえるので、対価を受け取る・払う価値があります。先生方も「仕事をしているのが一番楽しい」そうなので、双方にとって良かったなぁ、と。

この子は「自分の知っていることで解決できるのだからしただけ」という感じだったそうですが、小さい田舎のこじんまりした地域で「社会貢献」したと思うよ、と親が褒めたそうです。そうか、こういうのが社会貢献かー、と言ってましたがピンとこないようでした。

ずいぶんと長い文章になりましたが、子どもながらに山あり谷ありの濃厚な人生を送っているこの子が、塾に恩返しと地域での社会貢献をしたということで、立派に成長しましたね、というお祝いの気持ちもあり、記事にしてみました。


困難な道はいつもどこにでもあり、障害の凸凹を伴う私達は平たんな道を歩めることの方が少ないのですが、言えることは、考えて、頑張ってしのぐ、工夫をする、ということでどこかに、小さい、少しの突破口が見えることが度々あります。そうじゃないと私達は障害を抱えて生きていけません。生きていけるのは、常に、石ころのように気が付かない所に突破口があるからであり、それを見つけていけば、なんとか「しのぐ」ことができているからです。

ですので、疲れてもいいですし、休憩してもいいですし、自分のペースで、やれそうな時に「少しいつもと違う方向を見てみる」ことや「今までと違う分野も手を出してみる」ことや「わざわざ、大変で苦労しそうな方向へ進むのはやめて(定型の人は頑張って乗り越えそうですが)、できること、確実な方向からでいいのでやっていく」というコツコツや、のんびりでも。とりあえず歩んでいけば「乗り越えていけるよ」とお伝えして終わりたいと思います。

私達もいつものように、緊急事態だからこその平常心で頑張りたいと思います。

 

<追伸>

 

子供達のテント遊びは、いまでも飽きずに続いているようです。テレビを見る時間が減って、テントで工作、テントでおやつ、テントでぬいぐるみ遊び、テントで車を並べる、テントで勉強、など秘密基地の楽しさ炸裂のようです。
 

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