中国の音響機器メーカー、アルクトロン(宁波奥创电子科技有限公司)が作ったneve1073のクローンです。同社は多数のマイクプリをラインナップしており、1073のクローンだけでもEQ無しシングルチャンネルのMP73、EQ有りシングルチャンネルのMP73EQ、コンプリミッター搭載のCP540、API500モジュール型のMP73Aと多種あります。本機MP73X2はEQ無しの2chマイクプリで、お値段は購入時点で6万円と2ch仕様としては数ある1073クローンの中で最も安く、それが最大の魅力です。


Alctron MP73X2製品紹介ページ
https://www.alctron-audio.com/EN/Amplifier/Mic-Pre-Amps/MP73X2.html

海外の機材談義サイトでは"Cheapest Neve Pre"としてMP73が数年前に話題になったものの、本邦ではさっぱり購入話がありません(某機材チューンナップの大御所が、過去にメーカー名を伏せて苦言を呈されていたことは知っています。私の知る限り日本でAlctronの1073クローンを持っていたと判明している人はその方だけです)。まあ6~7万円出せばFocusriteのISA TWOが中古で買えるので、客商売のスタジオやエンジニア視点ではどう考えてもそっちのほうが安全牌です。メーカー保証が付いているものの国内に代理店は無く、本国に送り返さないと修理してくれる所がありません。かくいう私も2年間迷いましたが、音と造りに興味があり購入に至りました。

まだ本格運用に入っていませんが、海外サイトで「誰か内部写真撮って」とリクエストされていたので写真をたくさん載せます。

AlctronはAliexpressに公式ストアがあるのですが、利用したのはこちらのお店です。
Music Fun Store
https://ja.aliexpress.com/store/3222157


最初に購入を検討していた頃は公式ストアで5万円台でした。その後値上がりして6~7万円を行ったり来たりしていました。今回はセールで送料込み6万円で買えました。シンガポール経由のEMSで、輸入時期が春節と重なったため当初の配送予定より時間がかかり、オーダーから待つこと1ヶ月。

箱の時点で予想より重いです。

エアーキャップ包装から出すと外箱に少しダメージがあります。本体への影響はなかったものの、緩衝材の発泡スチロールが少ないので重量と中国からの運送事情を考えると若干不安。

内容物は本体の他に説明書・保証書(中国語・英語)と電源コード、ACアダプタ、ゴム足です。ACアダプタはDC24V 2.5A(60W Max)出力で、ユニバーサル電圧対応で通常のIEC仕様のコネクタですから日本仕様の電源コードに交換すればそのまま使えます。

ACアダプタ採用のためケース内部に電源トランスが無く、磁束の影響によるハムノイズが出ないのは有利な点です。また、以前指摘されていたアース点の問題も解消しています。

フロントパネルにDI入力のTSジャックとその切換スイッチ、入力ゲイン設定用のATT、出力レベル調整用のボリューム、位相/ファンタム電源/入力インピーダンス切換(300/1200Ωただしライン入力は10KΩ固定)/インサーション回路の切換スイッチ、レベルメーター、電源スイッチが並んでいます。

ゲイン設定用のATTツマミが入力セレクタも兼ねているので、マイク/DI入力(両者の切り替えはフロントパネルのスイッチ)とライン入力はツマミ位置が異なります。出力側のツマミはATTツマミの位置がどこであっても0~MAXまで調整できます。入力ゲインを過大にして歪ませ、出力は小さくする、といったような使い方ができます。

OLD NEVEを模したツマミはプラスチックの質感が若干安っぽくてイマイチですが、入力と出力のレベルが見られるLEDメーターは便利です。電源スイッチは青色LED内蔵で暗いところだと結構まぶしい。


背面にはマイク入力、ライン入力、SEND出力、RETURN入力、ライン出力2系統、電源コネクタが並んでいます。


灰色のケースは厚い鉄板製で重量があります。


フロントパネル側からの内部。


背面側からの内部。


中央を仕切る鉄板も厚いです。接地のため塗装が削ってあります。


基板のバージョンはMP73V2 V1.1になっていました。

MP73のシングルチャンネル版は数年前にMP73V2とMP73EQV2に改名されたもののMP73X2については名称の変更が無く、もしかするとこの機種だけは昔の基板を使っているのか?と思っていましたが、V2基板(おそらくシングルチャンネル版のMP73V2と同じもの)です。


フロントから見て右側の基板にのみDC電源ジャックが付いていて、

そこから左側基板に電源のジャンパ線が飛んでいますが、基板自体は左右まったく同じものです。


この小さい基板はファンタム用の+48Vの回路らしいです。


その下の回路には実装済みのチップをリワークしてモディファイしたような痕跡が見られます。写っている三端子レギュレータ7Q1はL7812CVです。


トランスは入力用にシールドされた箱状のものが2個(おそらくライン入力用とマイク/DI入力用)、出力トランスが1個で基板1枚につき3個の合計6個です。


基板の配置はゆったりしていてアース面も広く品質は良好です。しかし部品の並びとはんだ付けはさほど整然としている感じではありません。入力された信号はトランスでアンバランスになった後、ATT(現代風にチップ抵抗になっている)と初段増幅を通り、

オリジナル1073の高利得増幅用のBA284と、BA283前段にあたるのではないかと推測される部分

黒いネジ3点で固定されているスイッチ基板の下段にあるインサーション切換スイッチを経由して出力ボリュームと終段増幅へ。

その後出力トランスと位相切換スイッチを通って出力されます。


ファンタムと位相切換スイッチの基板です。



本機にはEQ回路が無いので、外部にEQをつなぐSEND/RETURN端子があってインサーション切換スイッチでON/OFFできます。ファンタムと位相スイッチの基板を取り外すと見える2つのプッシュスイッチのうちLED基板寄りがインサーションスイッチです。

この端子、オリジナルの1073にはありませんし、説明書にも電気的な仕様が明記されておらず謎でした。基板上で回路を追ってみると、この端子は初段から終段に行く途中に単純に入っているだけで当然アンバランスです。

SEND回路用の増幅器はなにも入っていないので、SEND端子からの出力レベルは入力レベルよりずっと低く、入力のLEDが0まで振れる状態でも-47dB程度にしかなりません。+4dB前提で設計されたアウトボードをインサートしての動作は難しいのではないでしょうか。

LED表示部分には縦置きの基板が2枚あります。

オリジナルには無いLM339を使ったレベルメーター回路。


半導体は上記のLM339と電源の三端子レギュレータ類を除けばオリジナル同様のディスクリート構成でオペアンプは使われていません。オリジナル1073のBA283後段にあたる部分。

2N3055はST Micro製です(と、信じたい)。


コンデンサ類はWIMAやRubyconも使ってありますが、アルミ電解の大半はSUQIAN HUAHONG Electronic Industrial Co,Ltd(宿迁华虹电子工业有限公司)のCD110(*1)という銘柄。初期のMP73EQの内部写真を見るとタンタルコンデンサが使ってありましたが、本機では一切使われていません。


フォンジャックやXLRコネクタはCHUNSHENG ELECTRONICS(浙江春生电子有限公司)製。24AWGの配線は東莞市のTriumph Cable Co., Ltd.製。枯れた回路でもありますし、部品の国産化が進んでいます。


新品でしたので最初のうちはバネが固いサスペンションのような弾力感の強いガッツのある音がしましたが、4〜5日通電していると電解コンデンサが馴染んで音が伸びてきました。本格的な録音に使っていないのでまだ印象が無いものの、変な音ではありません。S/Nも妥当で1/2ch間でレベル差や音質差があるようにも思えません。

以前記事にしたTOAの4chマイクプリRH-200とミックス済の音楽を通して聴き比べると結構な音の違いを感じます。

RH-200と比べると中低音増しで当たりの固いところと中高域のギラつきやすい所が少し落ちて滑らかになる感じです。金物系をよく聞くとわずかに響きも付いてきます。しかし音自体が輪郭くっきりとフラットに上がっている感があるのは本機よりRH200のほうです。つなぐ相手によって周波数特性が変動しやすいトランス入りとオペアンプ(NJM5532)の違いと言ってしまえばそれまでかもしれませんが、通すと音は変わります。キラキラとした華やか系の音ではなく、密度があって押しの強い、若干暑苦しい感じの音のように思えます。某氏はChameleon Labsの1073クローンと同じ傾向の音がする、と書いていらっしゃいましたが、どうでしょうね。著名なアウトボードメーカー製やビンテージ機器の1073クローンは高価でそうそう中身がいじれないと思いますので、チューニングベースとしても面白いのではないでしょうか。

(がんくま)

(*1)調べてみたらCD110は銘柄ではなくアルミ電解コンデンサの標準品の規格のようで他のメーカーの製品もありました。中国最大の電解コンデンサーメーカーで日本のメーカーと技術提携があるNantong Jianghai Capacitor Co.,Ltd(南通江海电容器股份有限公司)の製品データシート→PDF

また、HUAHONGといえば、一時期パソコンの電解コンデンサー不良騒動が吹き荒れた際に問題になったCh*ng系のブランドの一つ、ChongXを製造していたChangzhou City Huahong Electronics Co.,Ltd.と英語読みが共通しますが、そちらは常州華紅电子有限公司であり違う会社のようです。HUAHONGは漢字ではありふれた発音で同じ英語表記の会社が複数あります。本機使用の電解コンデンサーについては宿迁华虹电子工业有限公司の資料に同じロゴの製品があるので間違いないと思います。ちなみに宿遷にはニチコンの中国工場(尼吉康電子有限公司)もあるそうです。